第2話
二人は手をつないだまま、夜の街の喧騒の中を歩き続けた。優希は、どこを歩いているのか、どこにたどり着くのか、考える余裕はなかった。秘密を暴かれたことで、自分のことが何に晒されてしまうのではないか、という恐怖感で、顔はこわばった。紗季はそれに気づくと、微笑みながら「大丈夫だよ、そんなに緊張しなくたっていいんだよ」と言った。優希の緊張が完全に解けたわけではないが、二人はただ互いの存在を確かめるように歩みを進めた。
街のネオンはぼんやりと光り、夜空には薄雲がかかっていた。夜風が二人の髪をなびかせ、遠くから聞こえる車の音が微かに響いていた。紗季は優希の手をしっかりと握りながら、迷いのない足取りで進んでいく。紗季は空を指さして「あの星、前も一緒に見たね」と言ったが、都会の空は眩しく、優希には星は見えなかった。
紗季は、いろんな場所を通るたび、「葵、覚えている? ここで一緒によく遊んだね」と言っていた。優希には何一つなじみはなかったが、優希が「あの...」と言うと、紗季は声色を変え、目線は優希の後ろのどこか遠くを虚ろに見ながら「わかるよ、でも、今は、葵なんだ」と言った。優希はもう、自身が葵ではないとは言わなかった。
繁華街の明るい光は徐々に薄らいでいき、暗い路地裏をしばらく進むと「ひさしぶりだね、私の家だよ」と紗季が囁くように言った。優希はその言葉に頷き、彼女について行った。紗季の家は古びたアパートで、3、4階建てのように見えた。外観は塗装が部分的に剥がれていて、古そうであった。その2階の一室が紗季の部屋だった。部屋に入ると、床には衣服が散乱していた。机の上には透明なガラス瓶があり、中には白く丸い錠剤が大量に入っていた。紗季は冷蔵庫の中から赤ワインを取り出し、カップに注いだ。「あなたの好きなロゼワインだよ?」優希はそれまでお酒を飲んだことはなかったが、「一緒に飲もう?」と紗季に言われ、ゆっくりと口をつけた。それはとても甘く、うっとりするような気持ち良い感覚に襲われた。
紗季が「私、夜が好きなの。昼の光はまぶしくて、私みたいな日陰者を焦がしてしまおうとするけれど、夜は誰だって存在を許されるの。私も...」と言うと、優希の頬に触り、付け加えるように「あなたもね」と声色を落として言った。口元は笑っているようだったが、真っ黒な瞳はどこまでも孤独に見えた。紗季は部屋の明かりを消し、優希の意識が混濁していく中、紗季は小さな声で言った。「夢だったんだ、あなたとこうやって交わりたかった」と言い、紗季は身体を重ねようとした。
「駄目だよ!」優希は声を張り上げ、少し低い声で言った。優希はしばらく顔を上げることができなかった。少し時間を置いた後、顔を挙げてみると、紗季は声を殺しながら泣いていた。「ごめんなさい」と紗季は泣き止まなかった。紗季は衝動的に、小瓶の中にあった錠剤を口の中に入れようとし、それに気づいた優希が止めようと手を伸ばし、瓶は落ち、錠剤はこぼれ、床の衣服の上に散乱し、乾いた音が響いた。
それから、無言の時間がしばらく続いた。暗い部屋には、窓の外から夜の街の明かりがわずかに入ってきた。2人の間に流れる時間は無限の長さのように感じられたが、夜の闇は一向に開けなかった。静寂を打ち切るように、優希が静かに言った。「僕は、あなたのことを知らない。あなたは、誰?」
やがて、紗季は静かに口を開き、自らの過去をゆっくりと語り始めた。
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