桜姫伝説 第6話 早朝・ゴミ拾い大作戦!
夏休み初日の朝、六時四十五分。
Y公園でのラジオ体操を終えて、私達三人は『桜姫の石碑』の前に、てくてくと移動してきた。
手には軍手と、ゴミをつかむトング、ゴミ袋。
飛鳥は朝から元気ハツラツ、ゆうべ遅くまでゲームをしていたという黒崎くんは大あくびだ。
私も眠い。だって、学校へ行く日は七時起きなのに、今日は六時起きだ。
ふあ~あ、二度寝がしたいなあ。
「あれ?」
黒崎くんが立ち止まった。
「先客がいる……」
誰かが土手の上、石碑の前にいた。
手には大きなゴミ袋。身をかがめて、ゴミを拾っている。
「……あの人、見たことある」
私はつぶやいた。
――あの子だ。
先日石碑に行ったとき、離れたところから、碧凪光ファンたちの騒ぎをにらみつけていた、高校生くらいの女の子。
私達がその子に気づくと同時に、その子も私たちに気づいて顔を上げた。
長い黒髪のツインテールが揺れる。
背中には、碧凪光のマスコットのついたリュック。
今日はひらひらしたスカートではなくて、ジャージを着ている。
「……?」
女の子がこちらを見て、うさんくさげな顔をしたその瞬間、
「おはようございまーっす!」
飛鳥が元気にあいさつをした。
天然先制攻撃。女の子は、毒気を抜かれて、目を丸くしている。
「あっ、おはよう……ございます……」
女の子も、つられて普通にあいさつをしてきた。
「お姉さんもゴミ拾いですか?私たち、そこのS小学校の五年生です!夏休みの宿題で、ゴミ拾いのボランティアをしにきました!」
飛鳥がハキハキと説明する。
女の子はそれを聞いて、
「私もS小出身で、今はT高校の二年生。えっと……マナっていうんだ」
「姉ちゃんと同じ学年だ……」
黒崎くんがつぶやく。
「えっ、お姉さんの名前、何?」
「黒崎です…黒崎小夜香」
「うっそ!S小で昔同じクラスだったことあるよ!小夜香ちゃんの弟?似てる~」
マナさんは黒崎くんをしげしげと眺めて、ケラケラと笑った。
なんだか、最初の印象ほど怖くはなさそうだ。
「姉ちゃんと、友達だったんですか?」
「う~ん、友達ってほど仲良くおしゃべりしたことはないけど、そう悪くはない感じの距離感のクラスメイト、ってとこかな?」
マナさんは答える。
「卒業してから会ってないけど、小夜香ちゃん、元気?」
「は、はい……」
気おされながらもうなずく黒崎くん。
マナさんは、すっかり打ち解けたようだ。
「君たち、この前もいたよね?見たでしょ、あいつら」
マナさんは、憎々しげに言った。
「『桜姫伝説』の放送で集まってきた、碧凪光……さんのファンの人たちですか?」
私はたずねる。「さん」をつけたのは、マナさんもきっとファンに違いないので、呼び捨てにしたらマズいのではないかというとっさの判断からだ。
「そう。あいつら。光くんのファンだなんて、ひとくくりにしてほしくないヤツら!」
マナさんは、空き缶を挟んだトングに力をこめる。
缶が、めきょんと凹んだ。
「ひぇぇ……」
黒崎くんが震える。
マナさんはどうやら、彼女たちにすごくお怒りらしい。
「ドラマが放送されてからというもの、急にワラワラとやってきて、騒いで撮影するわゴミは散らかすわ……推し活って、もっとこう、マナーとかやり方ってもんがあるでしょう!?」
「知り合いのおばあさん(ムラサキババアのことである)も、同じこと言ってました」
私は思わず言う。
「でしょでしょ!?」
マナさんは強くうなずく。
「私は光くんのファンで、それだけじゃなくて、『桜姫伝説』を小さいころから愛してきたS市民でもあるんだ」
マナさんはぎゅっとこぶしを握った。
「ドラマが放送されるずっと前から『桜姫伝説』もよく知ってたし、この道も毎日通ってて、大切な場所だと思ってた!だから、石碑を荒らしておきながら、ファンだ聖地だなんて名乗ってるの……本当に許せない!」
マナさんは一気にまくし立てる。
「光くんファンとして、地元民の意地として、せめてもの気持ちでゴミを拾ってるけど、毎日毎日新しくやってきてはそのたびに汚していって……ムカつく―!」
「それ、わかります!マジ許せなーい!」
飛鳥も、力いっぱいうなずく。
私達はしゃべりながらも、あちこちに散らばるゴミを拾い集めていく。
ドリンクの飲み残し、お菓子のカラ、タバコの吸い殻、ペットボトル……。
「前なんて、花束と饅頭そなえて号泣してるヤツまでいたんだよ?ここは『桜姫伝説』の石碑であって、光くんの墓とかじゃねーんだっつーの!生きてっし!」
マナさんが突っ込む。
「あ……あはは……」
乾いた笑い。本当に、石碑の周りはしっちゃかめっちゃかみたいだ。
三十分くらいで、石碑とその周りの小道は、だいぶきれいになった。
「けっこう出たね、ゴミ」
黒崎くんがゴミ袋の口をしばる。
飛鳥が額の汗をぬぐいながら言う。
「いや~、これじゃ、犬の散歩もおちおちできないね」
「犬の散歩?君たちも犬、飼ってるの?」
マナさんがたずねる。
「いいえ、友達が……ここで夜、光る首輪をつけて散歩している犬を窓から見るのが楽しみだったんだけど、この騒ぎで見られなくなっちゃって、さびしいなって言ってたから」
私は説明する。
「あっ、それ多分、うちの犬」
マナさんの言葉を聞いて、飛鳥が叫んだ。
「マジですか!?」
なんてこった。あっさりと、犬の飼い主が見つかってしまった。
「うちの犬がほんの子犬だった時からの散歩コースなんだよ、ここ。それがこんなことになっちゃって」
マナさんは悔しそうだ。
「犬友達のおばさんとも、ここでよくすれ違ってたんだけど、その人も、なんだか怖いし、犬が落ちてる変なものを食べちゃったら嫌だからって、しばらくここで会うのはやめましょうってことになったんだ」
「そうだったんですか……」
「だから、何とかして元の石碑に戻したいんだ」
マナさんが、強い口調で言う。
私たちもうなずいた。
「明日以降も、天気がいい日はだいたいゴミ拾いをしてるから」
そう言うマナさんとまたここで会うことを約束して、私たちは手を振りあって別れた。
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