桜姫伝説 第5話 石碑の前はしっちゃかめっちゃか!

「おばあさんはああ言ったけど、じゃあ、なおさら見てみないとね!」

 私たち三人は、すずかけ洋服店から、S小学校裏手の『桜姫の石碑』に向かっているところだ。

 いつもの通学路を抜けて、学校の裏に回っていく。


「あっ、あそこ?」

 私はびっくりして指さした。

「なにあの人だかり!」

 飛鳥が叫ぶ。

 いつもなら人気のない川沿いの土手の上に、なんだか人影がたくさん見える。

 おそるおそる近づくと、若い女の子がいっぱい!

 若いといっても、高校生か、大学生くらい。なんだかみんな、同じような雰囲気だ。

 長い黒髪に、白や黒のふんわりひらひらとした服――水色のリボンがアクセントになっている――を着て、男の子のぬいぐるみを持ったり、マスコットのついたバッグを肩にかけたりしている。

 リュックサックの一面に、男の子の写真のアクリルキーホルダーや缶バッジをびっしりつけた子もいる。

「碧凪光、だ……」

 黒崎くんがつぶやいた。

 よく見ると、皆が手にしているぬいぐるみは、成良を演じた俳優さんと同じ衣装を着ている。ムラサキババアの推し、『しーくん』でおなじみの「ぬい」というやつなのだろう。

「多分、碧凪光のイメージカラーが水色で、あのぬいぐるみやキーホルダーなんかは、彼のグッズなんじゃないかな」

 飛鳥が推理する。

 その子たちは、石碑の前で自撮りをしたり、ぬいぐるみを置いて撮影会をしたり、なんだかすごく騒がしい。

……」

 黒崎くんがつぶやいた。

「かしましい?」

「さわぎ声や音がやかましくてうるさい、って意味だよ」

 私は飛鳥に小声で説明する。本当に、かしましいとしか言えない騒ぎだ。


 私たちがひそひそ話していると、女の子の集団が振り向いた。

 土手の上から私たちをジロジロ見下ろしながら、口々に言う。

「何、この小学生?」

「光くんの聖地に何の用?」

「邪魔じゃんね」

 いくつもの視線が私たちに刺さる。

 黒崎くんがビクッとして、私たちの手を引いた。

「あ、朱里さん、飛鳥さん、あっち行こ!」

 私たちふたりをぐいぐい引っ張って、石碑の前から離れようとする。

 そのとき、土手の離れたところから、こちらを見ている人影が見えた。

「ん?」

 石碑の前にたむろしている女の子と同じような年齢、服装、長く伸びたツインテールの髪型。

 リュックサックに、碧凪光のマスコットをつけている。

 でも、その子は石碑に近づかないで、遠くから女の子たちを強い目で見つめていた。

 ――憎しみ。

 私の頭に、パッとその言葉が浮かんだ。

「ねえ、あれ、あの子……?」

「朱里さん、いいから行こう!」

 私はズルズルと、黒崎くんに校舎の陰まで引っ張って行かれた。


「はぁ、はぁ、こ、怖かった……」

 石碑の土手からは見えない場所まで来て、黒崎くんが胸を押さえた。

「年上の女の人の集団、コワイ……めちゃくちゃコワイ……」

 私も息を整える。

「はぁ~、おばあさんが、行くなって言うわけだよ……」

「見た?あの女の人たち、手に持ってたプラスチックのドリンクボトル、そのまんま石碑のわきに捨ててた!」

 飛鳥がぷりぷりと怒る。

「ひどい……そういえば、草むらにもタバコやお酒の缶が落ちてたよ」

「夜になったら、また集まる人が変わって、肝試しとかしてるっぽいね……たぶんそっちは、その人たち」

 と、黒崎くんが腕組みした。

「そりゃ、ワンちゃんのお散歩コースも変えようってなるよね。多分、治安が悪すぎて近寄りたくないんだよ!」

 飛鳥もうなずいた。

 私たち三人は、ため息をつく。

「なんとかして、元通りの雰囲気にできないかなあ。そしたら、お散歩の人も戻ってきてくれると思う」

 私は考える。

「うーん……そのためには、掃除、美化……」

 そして、手を打った。

「そうだ!」

「何、朱里?」

「朱里さん、どうしたの?」

「思いついた!夏休みの宿題も『あああ団(仮)』の依頼も一挙解決する手段!」


 私はその場にしゃがみ込んで、ふたりに説明する。

「まず、地域活動の宿題をかねて、私達であそこのゴミ掃除をしようよ。日中は熱いし女の子も怖いから、朝のほうがいいな」

「ふんふん」

「それから美化ポスターを描いて、石碑からよく見える学校のフェンスに貼らせてもらうの」

「ナイスアイデア!」

 飛鳥が叫んだ。

「で、『私たちの郷土についての自由研究』は、S市に伝わる昔話ってことで、『桜姫伝説』についてまとめてレポートして、いっちょうあがり、ってわけ!あとはドリルさえクリアすれば、宿題は完了!」

 ふたりの顔がぱあっと輝いた。

「朱里、天才!」

「すごいよ、朱里さん!」

 ふたりに口々にたたえられて、私は胸を張る。えっへん。

 宿題もできて、『あああ団(仮)』の依頼も解決できる、これぞ一石二鳥!

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