桜姫伝説 第4話 人魂を復活させろ!ムラサキババアの忠告

 ……言いにくいけれど、言わなくちゃ。

 私は小川くんに伝える。

「あのさ、これ、夜道で光るタイプの首輪をつけた、犬の散歩の人だと思うよ」

 私の言葉に、黒崎くんもうなずいた。

「近所のおばさんとこの犬も、同じようなのつけて散歩してるもん。人魂の動き方……っていうか、歩き方が犬だし。顔見知りの犬に会って、あいさつして別れただけじゃないかな」

 がっかりさせちゃうかな、と心配していたけど、

「だろーなー、ぶっちゃけおれもそんなんじゃないかって思ってた」

 小川くんはケロッと言った。

「でも、妹はまだ幼稚園だから、人魂だって信じてるんだ。『今夜もお姫様が恋人と会えてよかったねぇ』って、本気で喜んでる」

「それは、がっかりさせたくないね……」

「二週間くらい前から、ぱったり見えなくなっちゃった。他にも、ジョギングしてる人っぽいのとか、自転車のライトとか、川沿いにぽつぽつ見えて、きれいだったんだよ」

 残念そうに、小川くんは言う。

「それはつまり、二週間前から、犬の散歩をやめちゃったということだね。何があったんだろう……」

 黒崎くんが首をかしげる。

「犬が病気になったり、その……死んじゃった、とか?」

 飛鳥が言いにくそうに言う。

「でも、そうしたら、もう片方のワンちゃんだけでも散歩コースにあらわれない?二匹の飼い主さんが同時に散歩をやめちゃうような、があったのかな」

 私はそう言って、しばらく考える。

「二週間前……桜姫の石碑……」

 ――何か、覚えがある。

「朱里、何かわかったの?」

 飛鳥が私の顔をのぞき込んでくる。

「あっ!」

 私は気づいた。


「歴ドラで、『桜姫伝説』のエピソードが放送されたときだ!」


「歴ドラ?」

 飛鳥がたずねる。

「日曜の夜にやってるやつ?」

 と、黒崎くんも聞いてくる。

 私はみんなに、昨日お母さんから聞いた歴ドラの『桜姫伝説』エピソードの人気や放送が二週間前だったことを、かいつまんで話した。

「そうか、それが何かのきっかけになった可能性は高いね……」

 黒崎くんが腕を組む。

「よっし!それなら、実際に石碑を見に行こうよ」

 飛鳥が提案する。

「いいね。そういえば、場所はよく知ってるけど、しっかり見たことはなかったね」

 と、私も飛鳥に賛成する。

「じゃあ、少年、我々はちょっくら、現地調査に行ってくるよ!成果を楽しみにしていてくれたまえ!」

 飛鳥が立ち上がる。

「おねえちゃんたち、よろしくね~!」

 私達はこの後も公園で遊ぶという小川くんと別れて、通りの方へと向かった。

 夕方なのに、じりじりと照り付ける日差しが熱い。今年も猛暑になりそうだ。


「あっ、石碑の前に、すずかけのおばあさんちに買い物に行っていい?」

 公園を出たところで、飛鳥が言った。

「あそこ、ちょっとした学用品も売ってるんだよ。宿題のポスター用の四つ切画用紙とポスターカラー、おばあさんとこで買わない?」

「いいね!」

「僕、あそこ苦手だけど……おばあさんからも『桜姫伝説』の情報が得られるかもしれないし……行こうか」

 黒崎くんも同意した。


「あんたたち、『桜姫の石碑』に行くって?」

 店の奥から画材を出して会計を済ませた『ムラサキババア』こと、すずかけのおばあさんは、顔をしかめてボソッと言った。

「悪いことは言わん、今、あそこに行くのは……やめたほうがいい……」

 えっ、いったい何が……?

 おばあさんの声のトーンに、私はドキッとした。

 おばあさんは、店の奥から紫色のカバーがかかった、『しーくん』ステッカーがベタベタ貼られた大きなタブレット端末を持ってきた。

「老眼には、スマホよりこっちの方が楽でのう」

 慣れた手つきで手早く操作すると、画面をこちらに見せた。

 そこには、お母さんと見た歴ドラの、成良役の俳優さんが映っている。

「今年の歴ドラで、青木成良役を演じることになりました!よろしくお願いいたします!」の文とともに、『桜姫の石碑』の前でポーズを決めている写真が載っている。

碧凪光あおなぎひかるじゃん!本人!?うちの学校の裏に来てたの?」

 飛鳥が叫んだ。

「『いいね』が三十万……」

 黒崎くんが、目を丸くしてつぶやく。

「今、めちゃくちゃ勢いのある芸能人げーのーじんだよ!ファンもすっごい多いの!」

 飛鳥が説明する。

「しーくんほどイケメンではないけどな。ま、『今が旬のタレント』ってやつだね」

 と、おばあさんは言って、さらにタブレットを操作する。

 おばあさんが動画サイトのアプリを開くと、そこには、


「桜の土手で肝試し⭐果たして成良と桜姫の幽霊は現れるのか!?」

「【聖地巡礼】碧○光の足跡探検!【S市訪問】」

「【踊ってみた】成良・桜姫完全コスプレ【着物でダンス】」


 見慣れた石碑の前で、YouTuber達ががわちゃわちゃしているサムネイルがいくつも並ぶ。

「「「な、なにこれ!」」」

 私たちは叫んだ。

「今、あそこらへんはネットでちょっと『バズった』状態になっているんじゃよ」

 おばあさんは、ため息をついた。

「若いモンが日夜集まってドンチャン騒ぎ。マナーがなっとらん。推し活も聖地巡礼も、もっとスマートにやるもんじゃというのに。なげかわしいのう……」

 予想外の状況に、私たち三人は、思わず顔を見合わせた。

 こ、こんなことになっているとは……


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