桜姫伝説 第2話 朱里、歴ドラを視聴する
「お母さん、『桜姫伝説』って知ってる?S市の怪談のやつ」
夕食後、私はお母さんに、例の『桜姫伝説』について聞いてみた。
ちなみにうちは、お母さんと私のふたり暮らしだ。
私はひとりっ子で、お父さんは、お仕事で東京に単身赴任中。
今は家にお母さんとふたりなので、部屋もあまっているし、気を使わなくてもいいので、飛鳥や黒崎くんもしょっちゅう遊びに来るってわけ。
「朱里も、『桜姫伝説』に興味あるの!?」
お母さんが、めちゃくちゃ食いついてきた。
「今、ちょうど歴ドラで桜姫のエピソードやったところよ!二週間前に放送されたばかりなの!」
「歴ドラで?うちの市の話を?」
私は驚いた。
歴ドラとは、毎年テレビ局が一年かけて放送する人気番組、「長編歴史ドラマ」のことだ。略して歴ドラ。
毎年舞台となる時代や主役になる歴史上の有名人物が変わって、そのたび話題になる。今年は戦国時代が舞台らしい。
うちでは、お母さんが毎週熱心に見ている。
お母さんは、いそいそとテレビのリモコンを手にして、録画再生ボタンを押す。
「見て!今年は
テレビの画面には、私でさえうっすら顔を知っているイケメン俳優さんと美少女が、着物姿で並んで立っている。
「歴ドラで戦国時代をやるとき、『桜姫伝説』のエピソードが、高確率で挟まれるんだよね!尺にして30分くらいだけど、『桜姫』と『成良』は、期待の若手俳優がやるのが、昭和からの定番なの」
お母さんはいつもより早口で、めちゃめちゃしゃべる。
「美男美女の悲恋物で視聴率もドラマの評判もアップ、俳優さんもこれをきっかけにブレイク間違いなし。わが市が誇る『桜姫伝説』の反響は、大きいのよ~!」
私はお母さんと並んでソファに座って、ドラマを見てみることにした。
時代劇、あんまり見たことないけど、わかるかなあ?
ながめているうちにも、画面の中では、物語が進んでいく。
悲しげな音楽が流れる中、はかなげな少女が、涙を流しながら青年と見つめあっている。愛し合っているのに引き裂かれるふたりの、別れの場面だ。
そして満開の桜の下、桜姫はひとり、毒の入った小瓶をあおる。
「成良さま……」
そうつぶやいて、桜姫は桜吹雪の土手で倒れ伏す。急死の知らせを聞き、泣き崩れる成良。
「ふん……」
面白くなさそうな中年男性のため息。主君の前で、低頭する成良。
「成良、そなたに内密の任務を与える」
場面は変わり、数人の人馬が、真っ白い雪山を進んでゆく。
風が強く吹き付け、雪が深くなってくる。
悲痛な表情で、雪山を進むが、ついに倒れ伏す成良。
その背中に、はらはらと雪が積もっていく。
かすかな呼び声に、最後の力を振り絞って、成良がわずかに顔を上げる。
画面の端に、鮮やかな桃色の着物の袖が映った。
成良の唇が『さくらひめ……』とつぶやいた。
かすかな微笑み。
画面いっぱいに降り積もる雪に、桜の花びらが混ざり、成良の姿を覆い隠していく。
高まる音楽。
―――やがて画面は真っ白になり、何も見えなくなった。
「うっ……ううっ……ずびー……」
お母さんが、目をうるうるさせてテレビを見つめている。鼻水まで垂らしている。
「ああっ、何回観ても、泣けるわぁ~」
私もそっとティッシュで涙をぬぐった。
ううっ、たしかにこれは泣ける。
「桜姫、かわいそう……!主君のオッサン、ひどすぎる!」
「でしょ!ドラマの演出がうまくて、また、泣けるのよね~!」
お母さんも熱く語る。
こんな悲しいエピソードのある石碑だったなんて。
私はすっかり桜姫と成良に感情移入してしまったのだった。
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