桜姫伝説 第1話 夏休み前に舞い込んだ依頼

「も~い~くつ寝っるっと~♪夏・休・み~♪」

 飛鳥の陽気な歌声が、灼熱のY公園に響きわたる。

「夏休みにはエアコンの~効いたお部屋で徹夜でゲーム……♪」

 いつもはあまりはしゃがない黒崎くんまで、一緒になって歌っている。

 浮かれるのも無理はない。私だってスキップしたい気分だ。

 期末テストも個別懇談会も終わって、いよいよ来週には終業式……。

 そう、小学五年の夏休みの始まりなのだ!

 私、月本朱里つきもとあかり日向飛鳥ひなたあすか黒崎亜希斗くろさきあきとのおさななじみ三人は、放課後のたまり場となっているY公園のベンチの木陰で、夏休みが近づく喜びをかみしめた。

 飛鳥がうーんと大きく伸びをして、両手を空に突き上げた。

「ねぇねぇ、夏休みさ、何か、大きな事件とか起こらないかな!『あああ団(仮)』が活躍するような、怪談系の!」

「何言ってるの飛鳥、そうそう事件なんて起こらないよ~」

 私は苦笑した。

 今思うと、私のこの発言はまさに、フラグを立てたようなものだった……(遠い目)。


 私たちがワイワイ話しているところへ、公園の奥の遊具で遊んでいたちびっ子たちのひとりがやってきた。

 くりくり頭の男の子だ。とてとて歩いてきて、ベンチに置いてある荷物の山から水筒を取り出して、ぐびぐび飲む。

 そして、私たちをちらりと見た。

「ねぇ、ハムスターとライオンのおねえちゃんとメガネ、今、怪談とか言ってなかった?」

 男の子がたずねる。

 私と飛鳥と黒崎くんはどうやら、ハムスター、ライオン、メガネとして、ちびっ子たちから認識されているようなのだ。私がハムスターなのは、多分、愛用している『ハッピーはむはむ』ちゃんグッズのせい……だよね?

「言ってた言ってた!なになにチビ助、われらが『S小学校秘密組織・怪談解決☆あああ団(仮)』に、何か依頼かね?」

 飛鳥がふんぞり返って腕組みをする。

 男の子は言った。

「解決してほしい、オバケの話があるんだけど……」

「えっ、マジで?」「本当に!?」「ええ~!」

 目を輝かせる飛鳥、びっくりする私、顔をしかめる黒崎くん。

「ぼ、僕の平和なゲーム生活が……」

「聞かせて聞かせて!」

 わくわく顔の飛鳥にうながされて、男の子は話しはじめた。

「おれ、三年一組、小川雄太おがわゆうた。うちの家、桜の土手の近くのマンションなんだ」

「あの、学校裏の川沿いに建ってる、でっかいとこ?」

 飛鳥の質問に、男の子は頷いた。

「おれの部屋の窓から『桜姫の石碑』がよく見えるんだけど、妹が、そこをふわふわ飛んでる人魂ひとだまを見てるんだ」

「「「ひ、人魂!?」」」

 私達三人は同時に叫んだ。

「『桜姫伝説さくらひめでんせつ』の、成良なるよし桜姫さくらひめの人魂だ……」

 黒崎くんがつぶやいた。

 私は、お母さんから聞いた話を思い出した。


 ―――昔、豊臣家に縁のある主君のもとで、この地を治めていた青木成良あおきなるよしという戦国武将がいた。

 彼にはおさななじみで結婚の約束をしていた、桜姫という美しい恋人がいた。

 しかし、桜姫の美しさに目を付けた主君から、桜姫を側室として迎えたいと命令される。

 桜姫側はずっと拒みつづけていたが断りきれず、ついにふたりの仲は引き裂かれてしまう。

 桜姫は輿入れこしいれが近づいたある日、川べりの桜の大木の下で、みずから命を絶ってしまった。

 主君の機嫌をそこねないよう、桜姫の死は急な病として伝えられ、ひっそりと葬られた。

 成良はひどく嘆き悲しんだ。

 主君は桜姫の一件以来、成良が自分のことを恨み、いつか裏切るのではないかと疑うようになる。

 そして、ついに成良を始末してしまおうと考える。

 成良は主君に、真冬にわずかばかりの家来ともに、密書を携えて、雪山を超えた同盟国へ届けに行くよう命じられる。

 そして、成良は吹雪の中で命を落とす。

 成良が最期に見たのは、桜の花びらのようにはらはらと舞う雪だった。

 桜姫と成良の死後、桜の大木は、毎年狂い咲きするようになり、雪の中に花びらを降らせた。

 また、その後、川の土手には、鬼火や幽霊が目撃されるようになる。

 人々はそれが成良と桜姫の魂がさまよっているのだとうわさする。

 そのため川縁の、桜姫が自害したとされる巨木の下には、二人の魂をなぐさめるための石碑が建てられている―――


 その『桜の木の下にある石碑』の場所というのが、S小学校の裏手にある、土手の上なのだ。

 S小学校の七不思議ではないけれど、S市に古くから伝わる怪談のひとつとして、地元民の間では、そこそこ有名な話だ。

「……その、桜姫伝説だよね?」

 私がたずねると、小川くんはこくりと頷いた。

「その人魂の正体をあばいてほしいってこと!?人魂のオバケをやっつけてほしいって依頼?」

 飛鳥が聞く。小川くんは首を振った。

「ううん、その人魂、いつも見えてたのに、急に見えなくなっちゃったんだ。

 うちの妹、体が弱くて、風邪とかインフルが流行ったら、重症化するからずーっと家から出られないんだ。窓の外を見るのだけが楽しみで、『おにーちゃん、今夜も光がふわふわしてるよ、きれいだね』って、喜んで眺めてたのに、最近ちっとも現れなくなっちゃって、しょんぼりしてる」

 飛鳥が首をかしげた。

「いままで人魂が現れてたってだけども驚きだけど、それが急に見えなくなる――そんなことって、あるの?」

「わかんない。いちど実際に見てみないとね……でも、今、石碑の前に行っても、人魂は見られないんだよね?」

 私が言うと、小川くんは、ポンと手をたたいた。

「そうだ、おれ、昔、お父さんのデジカメで動画撮ったことあるよ!明日、ここにデジカメ持ってくる!」

「本物の心霊動画が見られる、ってこと!?」

「ひぇ……こわぁ……」

 飛鳥が身を乗り出す横で、黒崎くんが引いている。

 私たちは、明日の放課後も小川くんとY公園で会って、デジカメを見せてもらうことを約束した。


「なんだか、新しい事件の予感!」

 飛鳥の目が輝いている。めちゃくちゃわくわくしている顔だ。

「夏、熱いし、コワイし……スピード解決したいなあ……」

 と、黒崎くん。

「それじゃ、明日集まって動画を見るまでに、家で『桜姫伝説』について、調べておこうか」

 私の提案にふたりも賛成して、その日はそれで解散となった。

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