おまけエピソード 七夕に歩く二宮金次郎

 ―――S小学校の校庭には、二宮金次郎の銅像がある。

 全国の学校にある七不思議同様、夜になると、彼は学校の中を歩き回る。

 いくつかの目撃情報があるが、一説に、彼が歩くのは、7月7日の夜、と言われている―――


「ねぇ、もうすぐじゃない?七月七日!」

 算数の教科書を放り投げて、飛鳥が言った。

「何、飛鳥、七夕にそんなに興味あるの?」

 ここは放課後、私の部屋。

 期末テスト真っ最中なので、勉強会と称して集まった『S小学校秘密組織・怪談解決☆あああ団(仮)』の、私、朱里と飛鳥、黒崎くんの三人だけど、やる気は行方不明中。

 黒崎くんなんて、静かだと思ったら、私の本棚の漫画を読み出してる。

「ハッピーはむはむの大冒険」でもいいから読むなんて、よっぽど勉強したくないんだな……。

「ちっが~う!あたしたち『あああ団(仮)』で七月七日って言ったら、例の七不思議でしょ!二宮金次郎の銅像が歩くってやつ!」

 飛鳥が叫んだ。

「ああ、あれね。でも歩くだけで、特に呪いとか悪さとかしないみたいだし、解決する必要、ある?」

 私は言う。

「でも!気になるじゃない!ちょうど、七日の午前中で期末テスト、全部終わるし、調査してみない?」

「え~……夜だし、さすがに外出許可、出なくない?」

 黒崎くんは気乗りがしない様子だ。

「だよねぇ~、誰かの親がついてくるとか、興ざめじゃない?」

 飛鳥もため息をつく。

「僕も、姉ちゃんがいるときじゃないと出してもらえない」

「それだ!くっきー、お姉さんにつきそい頼めない?高校生ならもうほとんど大人でしょ?」

「ええっ……」

 黒崎くんが、冷や汗を流してのけぞった。


 夏至を過ぎたこの季節の夕空はいつまでも白くほんのり明るくて、今が午後七時半だなんて思えない。

 涼しい風が吹き抜ける道を、私と飛鳥、黒崎くん、黒崎くんのお姉さんの四人は、学校へと歩いていく。

「懐かしいわね~、S小の七不思議」

 お姉さんが言う。

 黒崎小夜香くろさきさやかお姉さんは、長い黒髪が印象的な、上品でおっとりした雰囲気の和風美人だ。うちの母いわく、黒崎くんもメガネを外せば、お姉さんにそっくりのかわいらしい顔!なのだそうだけど、中身を知りすぎているせいか、とてもそうは思えない。

「一応、『七夕にあわせた夏の星空観察・夏の大三角を見てみよう』って宿題が出てるから、学校のグラウンドまで行ってくる、という名目になっております。お姉さま、そこはなにとぞよろしく……」

 飛鳥がお姉さんを拝んだ。

「わかってるわよ、星空観察よりは、二宮金次郎の謎にせまるほうが面白そうだし」

 お姉さんがクスクス笑う。

 やがて、通学路のむこうに、S小学校が見えてきた。

「見て、校務センター、まだ明かりがついてる」

 飛鳥が指さした。

「バレないようにしないと……」

 歩くとうわさの二宮金次郎の銅像は、正門の前ではなく、中庭のような場所のかたすみに、ひっそりとあるはずだ。

 さすがに中庭に入り込むと、残っている先生や見回りの人にバレるかもしれない。

「とりあえず、学校の周り、一周してみる?」

 私はそっとささやいた。

 皆がうなずく。私たちは足音を立てないように注意しつつ、移動することにした。

 学校前の道沿いに見上げると、『太郎くんの怪談』の時計台も、黒い穴をぽっかりと空けて、夜空にそびえたっている。

 『太郎くん』なんていなくて、うわさも公園のファンタ爺さんが元ネタだとわかったとはいえ、夜の校舎の雰囲気はやっぱり怖い。

 さすがの飛鳥も黙っているし、黒崎くんは顔が引きつっている。

 お姉さんはさすがに怖くないのか、ニコニコ顔のままスタスタと歩いている。


 そして、私たちが中腰になりながら、少し薄暗い、裏門に向かう植え込みのそばを回ったときだ。


 ザクッ、ザクッ……


 足音がした。

 皆、いっせいに歩くのをやめて、その場にしゃがみ込む。


 ザクッ、ザクッ、ザクッ……


 私達の足音じゃない。

 ――他の誰かだ。

 私はそっと首を振る。

 こんな晴れた夜だもの。誰がが歩いていても、おかしくない。


 歩いているの、黒い影がアスファルトに落ちた。


 それは、大きな荷物を担いだ人間の、影。

 一般的なリュックサック……にしては、不自然に四角い。

 ――まるで、薪を背負っているようなシルエット。


 ザクッ、ザクッ、ザクッ……


 本当に、何者かが、夜の学校を歩いている。


 植え込みの陰で、私達はぴくりとも動けなかった。

 怖くて、顔が、上げられない。


 ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ


 足音は、植え込みのそばをうろうろしている。

 影だけが視界をちらちらする。

 まるで、何か探し物があるみたいに。

 ―――誰かを探しているみたいに。


 そして一か所で、ぴたりと止まった。

 声がした。


「い ま し た ね」





「っぎゃ―――!あああああああああああああああああああ!」

「きゃああああああ!!!」

 飛鳥の叫び声が夜空に響く。

 私も悲鳴を上げてしまった。

 黒崎くんはお姉さんに抱き着いてしがみついている。

 お姉さんはしりもちをつきながら黒崎くんを抱きとめて、悲鳴は上げないものの、目をぱちくりとしている。


 黒くて大きな二宮金次郎と――――――


「あなたたち!何してるの!?」

「花山先生!」

 そこにいたのは、私の担任の、花山先生だった。

 そして、花山先生の隣にいたのは……


「お弁当、お届けにまいりました」

「ホ、ホセさん!?」

 Y公園で顔なじみの、ブラジル料理店のホセさんがそこにいた。

 ホセさんは、『ウマウマ・イーツ』とロゴのある、四角く黒い、大きな配達用リュックサックを肩から下ろす。中からビニール袋に包まれた弁当を取り出した。

 花山先生が、目を輝かせる。

「わあ、ありがとうございます!これこれ!ホセさんとこのシュラスコ弁当、最高なのよね!」

「シュラスコ……?」

 飛鳥がごくりとつばを飲んだ。

「かたまりのお肉を串に刺して炭火で焼いた、ブラジルの料理です。絶品ですので、みなさんもぜひ食べに来てください」

 そ、そんなの、絶対おいしいやつじゃない!私も口によだれがわいてきた。

 花山先生が、ホセさんに封筒を渡した。

「はい、お代です」

「ありがとうございます、またのご利用を~」

 ホセさんは四角いリュックを肩に担ぎなおすと、自転車置き場に停めてあったママチャリに乗って、さっそうと去っていった。

 私たちはぽかーんとして、ホセさんを見送った。


「あれが『七月七日の二宮金次郎』の正体……」

 黒崎くんが、つぶやいた。

「お弁当のデリバリーのリュックだったのねぇ~」

 と、お姉さん。

「あなたたち、こんな時間に学校に何の用?」

 花山先生が、お弁当を前にしたホクホク顔から、教師の顔に戻った。

「た、七夕なので、織姫と彦星と夏の大三角の星座観察してました!」

「く、黒崎くんのお姉さんが付き添いで、お母さんにも許可をもらってます!」

 私たちはあわててとりつくろう。

「なあんだ、そうなの?」

「ところで花山先生は?」

 私が逆に問いかけると、先生は少し気まずそうな顔をした。

「ちょっと夜食の注文を受け取りに……」

 そして、お弁当を抱きしめて、力説する。

「この時期、先生は大変なのよ!期末の採点に個別懇談会の準備、通知表つけ……残業、残業なんだから!せめておいしい夜食が食べたいじゃない!」

「そういうことかぁ~」

 脱力する飛鳥。

「さあ、君たちも、もう帰りなさい。また明日ね!」

 花山先生は大事そうにシュラスコ弁当を抱えたまま、校舎へと消えていった。


 すっかり暗くなった夜道は、夏のはじまりの、少しこげっぽい匂いがした。

「夜歩く二宮金次郎の真相は、期末後の先生たちの夜食のデリバリーだったとは……」

 と、黒崎くん。

「いや~、ドキドキしたし面白かったし、謎が解けてスッキリしたわぁ~」

 と、ニコニコ顔のお姉さん。

 飛鳥が叫ぶ。

「あ~、私も、シュラスコ弁当、食べた~い」

「食べたい!!」

「ほんとそれ……」

 口々に言いながら、私たちは星空の下、家へと帰ったのだった。


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