時計台の太郎くん 第12話 『太郎くん』の正体

 いた……。

 その人は、今日もベンチに座っていた。

 私はゆっくりと近づいて、話しかける。


「こんにちは」

 私はその人に、そっと体操服と水着を差し出した。

「私のバッグに体操服と水着を入れたのは、おばあさんですね?」


 遠野のおばあさんは、にっこり笑って顔をあげる。

 そしてゆっくりと、うなずいた。


「えっ……」

 追いかけてきた飛鳥と黒崎くんが息を飲む。

「おばあさんが犯人!?」

「朱里、どういうこと!?」


 そこへ、後ろから声がした。

「あっ、それはひょっとして私の服じゃない!?」

 振り向くとそこには、

「遠野のおばさん!?」

 おばあさんを迎えにきた、エプロン姿の遠野のおばさんがいた。

「「おばさんが、『たろう』さんー?」」

 飛鳥と黒崎くんが叫んだ。

「あら、どうして知ってるの?そう、私が『たろう』です」

 おばさんが、ぺこりとおじぎをしてみせた。

「『たろう』って言うのは、名字ですか?」

 私がたずねる。

「そうよ」

 おばさんは小枝を拾って、地面にガリガリと書いた。

       【田老】

「私の旧姓が、たろう。田んぼの『田』に『老』いると書いて、たろうって読むの」

「――名字だったんだ!」

 飛鳥が叫んだ。

「考えてみれば、ネームタグやゼッケンに書くのは、基本、名字だよな……」

 黒崎くんがつぶやいた。

 遠野のおばさんが言う。

「私も三十年前に、『田老』という名前でS小学校に通ってたの。結婚して名字が『遠野』に変わったのよ」

 おばあさんを指して、

「この人は、夫じゃなくて、私のお母さん。このとおりボケちゃったから、遠野のおうちでしばらく預かって、施設に入る準備をしているところなの」

「おばさん、おばあさんがこれを、私のバッグに入れちゃったみたいなんです」

 私はおばさんに、『たろう』と書かれた体操服と水着を渡す。

「あら、体操服に、水着まで!やだわこんな古いの、恥ずかしい!」

 おばさんは照れながら服を受け取った。

「断捨離しようと思って積んでおいたら、いつの間にかなくなってたのよ!もう、お母さんったら」

 遠野、いや、田老のおばあちゃんは、黙ってニコニコしている。

「でもおばあちゃんは、どうして二回とも朱里のバッグに入れたの?」

 飛鳥が首をひねった。

「公園には、ちびっ子達のバッグも、あたしのバッグだってあったじゃない」

 飛鳥が私のバッグを持ち上げると、おばさんが目を輝かせた。

「あっ、それはハッピーはむはむちゃん!」

「おばさん、はむはむを知ってるの?」

「懐かしい~。流行ってたわ!私もはむはむちゃんが好きで、同じようなバッグ、使ってたわ。今もあるのね、これ」

「そうか!」

 と、黒崎くん。

「朱里さんのはむはむのバッグがおばさんのと似ていたから、娘さんのものだと思って入れたんだ」

 私もハッとする。

「そうか、前に公園で、私がおばあさんにたずねたとき……私が『息子さん』や『男のお孫さん』がいないか聞いたから、答えが『いいえ』だったんだ!おばあさんの子どもは、女の子だったから!」

「全部わかった!すっきりしたぁ――――!」

 飛鳥が両手を挙げて飛び跳ねた。

「この服、ずいぶん持ち主を探してたみたいだし、わざわざ返しにきてくれて、なんだかごめんね、本当にありがとうねぇ」

 遠野のおばさんはおばあさんの手を引いて、ペコペコしながら家に帰っていった。

 私達三人は、家に帰っていく、おばあさんとおばあさんの背中を見送った。


「おばあちゃんさ、ボケちゃっても、きっと小学生だったおばさんを育てていたときのこと、覚えていたんだねえ」

 私はしんみりした。

「うん。体操服や朱里さんのバッグを見て、昔のことを思い出したんだと思う」

 黒崎くんも、しみじみとつぶやいた。

「いやぁ~、怖い怪談なんかじゃなくて、優しい気持ちからの事件でよかったぁ!」

 飛鳥がうーんと伸びをして、叫んだ。

「『太郎くん』なんていなかったんだ!」


「いるよ?」

 ――ファンタ爺が、自動販売機の陰からひょいっと顔を出した。

「ぎゃあ!ファンタ……自販機のおじいさん!」

 飛鳥が飛び上がった。

「さっきから『太郎』『太郎』と聞こえてくるから、つい……。実は、わしの下の名前、『太郎』」

 ジュースの缶片手に、爺さんは自分の顔を指差した。

「えっ、おじいさんが『太郎』!?」

「そそそ。ちなみにわしもS小の卒業生じゃよ」

「へぇ~」

 ファンタ爺は、

「懐かしいなぁ~、わし昔から甘いものが好きで、体育の後も、水筒にジュース入れてこっそり飲んでたもんじゃ。

 ある日炭酸で水筒が爆発して、着色料入りのジュースで体操服が真っ赤。先生にめちゃくちゃ怒られたもんじゃあ~」

「あの怪談の元ネタ、おじいさん!?」


 私たち三人は、盛大にずっこけた。

 遠くで、子どもたちの歓声と、ホセさん一家が踊るサンバの音が聞こえる。

 にゃん太が大きくあくびをして、

「アホー」

 カラスが鳴いた。


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