時計台の太郎くん 第4話 潜入!死にかけ洋服店 ムラサキババアあらわる!?

 放課後、Y公園のとなり、私の家、私の部屋。

 集まった私たち三人の前には、今日の帰りぎわ、落とし物箱から黙ってそーっと回収してきた、『太郎くん』の体操服。

 飛鳥が腕組みして言う。

「とにかく推理ね。朱里、何か気づいたことはない?」

「この服、今の私たちのより小さいよね?二年生か三年生くらいのサイズじゃない?」

 そう。この服はなんだか五年生のものにしては小さいのだ。

 そして、私が気になることは他にもある。

「あと、なんか……古いよね?使用感っていうより、校章のししゅうとか、生地全体が昔のものっぽい」

「うん、あたしもそう思う!」

 飛鳥が手をたたく。

「……そうだ、朱里、制服屋さんに聞き込みに行ってみる?」

「『ぱぴるす』の二階の制服屋まで?あそこ、遠いよ」

 『ぱぴるす』は、ここから車で二十分ほど走った、国道沿いのショッピングセンターだ。そこには市内の学校の制服、体操服を扱う服屋さんが入っている。

 車で二十分とはいえ、地方都市の田舎道をかっ飛ばしての二十分だ。子どもの足だと一時間以上かかる。無理。

 それまで黙ってゲームしていた黒崎くんがそっ、と手を上げた。

「僕、この近くに制服屋あるの、知ってる……」

「本当?くっきー、やるじゃん!どこ!?」

「バス停通りの商店街のはじっこ。一年のとき、運動会の前の日に短パン破いて、その時だけそこに買いに行った記憶、ある……」

 黒崎くんが首をかしげた。

「けど、うーん、僕、その時のことがなんだかうまく思い出せな……」

 飛鳥は黒崎くんの言葉を最後まで聞いていなかった。

「じゃあ、今から行こ!」

 体操服をつかんで通りへかけ出す飛鳥の後を、私と黒崎くんはあわてて追いかけた。


 さわやかな初夏の日差しをあびてなお、その商店街はさびれて見えた。

 からっぽのショーウィンドウ、ひび割れた看板。

 とっくの昔に店じまいして時を止めた、きもの店、理容店、餅屋、荒物屋……

 シャッター街ですらない、たぶん、シャッターもない時代に建てられただろう建物の前を、私たち三人は歩いていく。

 よく言えばレトロ、はっきり言ってしまえばオンボロのお店兼住宅が立ち並ぶ一角に、黒崎くんが言う、その店はあった。


「し、『しにかけ洋服店』……?」

「『すずかけ洋服店』だよ」

 私のつぶやきを、黒崎くんが小声で訂正する。

 小さな店の古い木製の引戸にはすりガラスがはまっていて、中の様子はよく見えない。

『レインコオトあり〼』

『S市・学生服指定店』

 ガラスには、色あせた手書きの案内が張られている。

 なんだか、怖い。

 子どもだけでこんなお店に入るのなんて、初めてだ。

 コンビニともスーパーとも違う空気。

 中がどんな感じなのか、どんな人が中にいるのか、ぜんぜん想像がつかない。

 さすがの飛鳥もゴクリ、とつばを飲み……

「い、行くよっ!」

 えいっ、と戸に手をかけた。


 がらがらがらがら―――っ!カランコロンカラーン!


 引き戸は意外に滑りがよく、大きな音を開けてすんなり開いた。

 ドアの上についていた鈴が勢いよく鳴った。

「こ……こんにちはーっ!」


 私たちは、転がるようにお店の中に入った。

 薄暗い店内には、男女の制服を着た古いマネキンが二体。

 年代物の棚の上に、黄色いレインコートや内履き、ランドセルカバーなどが並んでいる。

 壁には、全身が映る、大きな鏡がはめ込まれている。

 店のあちこちにも小さな鏡。

 そして、店の奥には、木でできた正方形の引き出しが、壁一面、天井までぎっしり。

 引き出しのそばには小さなカウンターと椅子が置いてあって、うつむいて椅子にちょこんと座っていたのは、小柄なおばあさん――――


 ――――白髪を紫のメッシュに染めて、紫の服を着て、アイシャドウもマニキュアも紫。紫づくめのおばあさんがそこにいた。

 おばあさんが、ゆっくりと顔を上げる。……目が合った。

 瞳も紫。


「「「ひっ……!」」」


 私と飛鳥は、叫びださないようにお互いの口を押えた。

 黒崎くんが、棒立ちになって固まっている。

 おばあさんを見た瞬間、私たち三人の頭に浮かんだのは、S小学校怪談、『ムラサキババア』。


 ―――夕方五時ぴったりに、S学校の鏡の中から現れる妖怪、ムラサキババア。

 紫の髪、紫の口紅、紫の服のそのおばあさんにつかまったら最後、鏡の中の世界に引きずりこまれて永遠に出られない。

 助かる方法は、「ムラサキ、ムラサキ、ムラサキ」と三回唱えることと、紫色の小物を身につけておくこと――――


 「いらっしゃい。そちらの坊やは二回目、あとの二人は初めてのお客さんだね、何か用かい?」

 ムラサキババア、いや、洋服店のおばあさんが話しかけてきた。

 ……あれ?なんだか普通のおばあさんだ。

 よく考えたら、服屋に鏡があるのは当たり前だし。

 紫だらけなのも、おばあさんなりのファッション、なのかな……?

 私はすー、はー、と深呼吸して、おばあさんに話しかける。

「わ、私たち、この古い体操服を拾ったんです。持ち主に返したいので、何かヒントがほしいんです」

 私がおばあさんに話しかけるのを聞いて、飛鳥も平常心を取り戻したようだ。

 黒崎くんはまだカチコチに固まっているけど、うん、気絶してないだけましか。


「ふうん……」

 おばあさんは、体操服を受け取ると、タグを見たり、襟元やししゅうを確認したり。

「ちょっくら調べてみるね」

 そうつぶやくと、おばあさんは、懐中電灯のようなもの(これも紫の光だった)を片手に、背後の木の引き出しをがさごそあさり始めた。

 引き出しからは、ビニール袋に包まれた新品の体操服が何着も出てくる。

 それらを見比べて、おばあさんはうん、とうなずく。

「わかったよ。これは、今からちょうど三十年前のものだね。うちの店で取り扱ってた品物だよ」

「三十年前……!」

 私たちが生まれるより、二十年も前だ。そんな昔のものだなんて。

 私はついでに聞いてみる。

「そこに書いてある名前、『たろう』さんに、何か心当たりはありませんか?」

 しばらくの沈黙。

「……さてね。もし知っていても、お客さんにかかわることは教えられないよ。個人情報だからね」

 おばあさんは少し視線を斜めにそらして、そう言った。

「あ、ありがとうございました」

 私と飛鳥はぺこり、と頭を下げる。

 黒崎くんも、固まりながらもロボットみたいにギ、ギ……とお辞儀をした。

「どういたしまして」

 おばあさんは、壁掛け時計をちらりと見やる。

 そして突然、楽しくてたまらない、と言うように肩を揺らしてニタリと笑った。

「ひっひっひっ……もうすぐ五時だね」


「五時!」

 黒崎くんがビクっとした。

 ――夕方五時は、怪談の時間。ムラサキババアが現れる時間だ。

「悪いことは言わない、早くお帰り。さもないと……」

 私の背中を冷汗がつたう。

 扉に向かおうときびすを返した瞬間、


 ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン……


 古時計が、五回、鳴った。


 その瞬間――――


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