第33話_対話①

 約100年前。


 幸せそうな顔で笑っていた。その笑顔を見たら全てどうでもよくなってしまって、背中を見送った。色計画だか有色獣計画だか、よく解らない事を企んでいる輩があちこちに隠れて色持ちを狙っているらしいが、彼女は大丈夫だろうと根拠の無い信頼を置いていた。



 認めている種族と認めていない種族があって、人狼族は認めている側。正直な感想では、個人の生に「認める」という傲慢な言葉を使うべきではないと思っている。

 そんなことはどうでもよくて、とにかくその日は彼女も自分も浮かれていただろう。実の娘が異種族の男と結ばれ、黄泉村を出ていった。

 異種だろうとも人狼側は、若い娘が伴侶を決めたことに喜んだが、相手側の種族は異種族との結婚を認めていなかった。2匹は駆け落ち同然で互いの棲家を離れる決心をした。八塩やしおは村を出て縄張りを出る娘を見送った。






 数日後に娘の訃報を風の噂で知った。ナントカ計画を遂行しようとする集団に狙われ、夫と共に命を奪われたようだ。


 娘は赫々たる赤い毛を持っていた。


 せっかく幸せになろうとしていたのに狼藉ろうぜきを働かれ、滑稽極まりない狂った計画に巻き込まれた。



『八塩、どうかしたのか?』



 娘を殺害した輩を捜し出すべく連日遠くまで行っていたため、不審に思った白助はくすけ茅子かやこは八塩を気にかけた。村には娘が死んだことを伝えていない。

 『気にするな』と隠し、また犯人たちを必死に捜した。夫が暮らしていた村を訪れて協力を仰げないかと期待したが、掟破りの男の事など存在していなかったかのような振る舞いだったため、罵声を浴びせて諦めた。




 ひと月が経過したある日、進歩がないまま村に帰って滝壺に行き、水浴びをしていた。すると慌てた様子の沙が走ってきて、何かと思ったら腹部を押さえる子狼が朱介しゅうすけに抱えられてやってきた。

 毒のコントロールがまだ不十分だった沙はよく毒を撒き散らしていたから、こういったことは珍しくなかった。


 朱介は子狼を滝壺に放り込み、毒の中和を図った。数秒後、沈められた子狼は顔を出して沙と朱介に怒鳴った。

 怒鳴り声を聞きつけた双子の蜜柑と柘榴ざくろは水遊びしていると勘違いし、輪に交ぜてもらいたくて水に飛び込んだ。



 はしゃぐ子供たちの姿を見た八塩は、犯人を捜すことを諦めた。今いる子供を守らなければならないと決心した。どの道見つからないと思っていたのだ。娘や夫の匂いはあったのに犯人の匂いは全く無かったから。


 八塩は自身の小屋に白助、呂太、茅子、そして檸檬れもんを集めた。

 ひと月前に娘が死んだことと、その犯人を追ったが見つからないので諦め、二度とそいつらの愚行に巻き込まれないように人型でいる時間を減らさせたいと考えていること。それらを伝えた。

 人型より獣型でいた方が強いのだ。聴覚も嗅覚も鋭くなり、身体能力が上がる。目立つ色を持っている色持ちは特に警戒心を持たねばならない。


 白助たちはまず八塩の娘が死んだことに驚き悲しみ、怒ってくれた。だが八塩の意見には首を斜めに振った。それは決してナントカ計画を軽視しているとか、八塩の思いを軽んじているからとかではない。彼女の提案した対策が、あまりに子供を縛るものだったからだ。



・特別な事情がない場合は獣型で過ごし、原則として人型を禁止する。

・なるべく村から出ず、縄張り外には決して出ない。

・移動は必ず2匹以上で、子供だけで出歩かない。

・異種族に出会っても話しかけず、逃げる。




 茅子や檸檬は『子供が可哀想だ』と反対した。娘を奪われた苦しみは想像を絶するだろうが、八塩の心配も分かるが、自由を奪うことは許されない。仲間は大人が守っていけばいい。娘のような被害を出さないように守っていこうと説得した。

 だが八塩の決心は固く、話し合いは何日も続いた。時折聞こえる怒鳴り声に怯えた藍藍あいらん瑠蓋りゅうがいを誤魔化し、八塩はとにかく子供を守ることに必死だった。







 そして彼女はついに強行に走った。村の色持ちを全員連れて黄泉村を出ることに決めたのだ。色持ちが近くにいたら目立ってしまう。目立つ色だけをひとつに集めて、遠い土地の色無しの子供を守る。


 まずは一番最初に赤系の人狼を捜した。朱介しゅうすけ桜一よういち柘榴ざくろたちは見つけた。

 朱介は小屋で話し合う八塩たちに何か察していたのか、すぐに頷いてくれた。柘榴を連れていくなら双子である蜜柑も連れて行ったほうがいいかと思ったが、蜜柑は色無しでまだ子供だ。2匹には悪いが置いていくことにした。


 次にその辺を歩いていた金茶茶かなさざに声をかけた。彼は色無しだが、最も図体のデカい身体は子供を十二分に守ってくれる。金茶茶も素直に頷いた。



 次に紺だった。100も生きていない紺は切羽詰まった八塩に慄いて逃げた。そこに紫煙しえん浅葱あさぎがやってきた。紫煙も何も言わずともついてきてくれて、浅葱は状況が理解できないようだったが出入り口に向かってくれた。



 あとはバカ犬の2匹と…と、紺を追いながら連れていく人数を数えた。

 紫煙や金茶茶といった比較的歳を重ねている人狼は何かを察してくれていたが、若い人狼はどうだろうか。紺のように逃げてしまうかもしれない。「村を出る」なんて突然にも程がある勧誘を、果たして受け入れてくれるだろうか。


 そこで八塩が考えたのが、先祖の罪を利用することだった。獣型を強いる理由として分かり易いものである上に勧誘もしやすくなる。

 藍藍と瑠蓋は八塩に圧されて2択を選択し、出入り口に向かうことになった。



 紺たちを捜して村の中心に向かうと、ちょうどバカ犬4匹と紺がいた。すぐに説得にかかったが、4匹と紺は首を縦に振らなかった。罰についての質問を投げかけてみても、藍藍たちのようにすぐには答えてくれず、紺の泣き声で白助はくすけらに見つかった。


 だが白助たちには八塩を止めることはできず、紺たちに八塩と共に行けと言った。蒼一狼から離れず泣いている紺を、呂太りょうたは言い聞かせようとしたが茶子に阻まれた。

 檸檬れもんは八塩の側にいることにしたようで、八塩と共に根気強く色持ちを勧誘した。



 しばらく問答した結果、色持ちではない緑太狼ろくたろうだけを連れていくことになった。本当なら紺たちを連れていきたかったが、頑なに拒否されたため諦めた。


 出入り口に集まった12匹と村を出ようとすると、沙と向日が引き留めに来た。八塩は先に皆を行かせ、2人の顔を見つめてこう言った。



『お前たち、レトロコアに行って守人になってくるんだ。お前たちは人狼でなければイグズィアでもない、人間だ。身を守る術を私たちは教えられない。だから種族の集まるレトロコアに行って守人になれ。特に沙は毒の扱いができないだろ?皆を傷つけないためにも、守人になってくれ』



 光の無い八塩の目を見ていたらかける言葉が無くて、2人はただ眺めているだけっだった。こうして黄泉村は分裂した。





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