第32話_嘘吐きの種族②

 緑の狼は服を身に纏っていて、彼が黄泉村の人狼なのか隠し世の里の人狼なのかは判断がつかない。だが、人間を捜しているということは…。


 店主は追い払うように右の手のひらを振り、帰れと言わんばかり。


「人間が欲しいなら禽獣きんじゅう街道か爾余じよ街道だよ。ここは骨董街道。この者は商品じゃない」

「商品を買いにきてねぇ。そいつを捜してたって言ってんだよ」




 そう言うと緑の狼は人型の姿に変わっていった。ズボンのポケットに手を入れ、何かを取り出す。


「あ…」


 それは、失くしたバッグに入れていた伊舎堂家の紋だった。



「お前らの物なんだろ。返す」



 奥の部屋から出てきた佳流は紋を受け取り、礼を伝える。


 緑の狼は自身を「緑太狼ろくたろう」と名乗り、隠し世の里に暮らす人狼だと言った。里の人狼だが、決して佳流に危害を加える気はない と付け足して。




 店主は、なぜここが分かったのか尋ねる。この店は様々な植物が置いてあり、中には匂いの強い花もある。由市ゆいちは、この店を隠れ場所に選んだ。

 簡単に見つかってしまっては、佳流は移動しなければならなくなるのだ。


 しかし、緑太狼は首を横に振った。



「しらみつぶしに店を開けていったんだよ。由市の姿を見かけて、あいつとあんたが関わりあるの知ってたから、だから匂いは最初はなから追ってない。あんたがどこの商人だったかも知らなかった…今日は奇貨市だし」



 街道は、とても大きく広く、そして長い。所狭しと並ぶ店をしらみつぶしに確認していくなんて、相当根気が必要だったことだろう。


 匂いを追えなかったということは、他の人狼も同じということ。緑太狼が佳流を見つけられたのは偶然と根気によるものだ。ここは安全と言えることに間違いはない。





 緑太狼は佳流を見下ろし、口を開く。


「今レトロコアに来てる里の人狼は5匹だ。俺と藍藍と、瑠蓋と柘榴ざくろ桜一よういち。4匹はお前らを食い殺しかねない。俺がまたここに来るまでは隠れてろ。それを言いにきた」


 ことが落ち着くまでは。それは、一体いつまでなのか。

 今度は佳流が口を開いた。


「隠し世の里は、私たちに何をしてほしいの?傘招きと関わるなってことを、錫夏すずかちゃんに言ってほしいの?それとも、もうただただ私たちに死んでほしいの…?」



 言葉に詰まる緑太狼に、佳流は一歩前に出た。



「私たち、人狼が怖くて隠れたんじゃないの!殺されたくないから隠れてたんだよ。だから殺さないって約束して?私たちは皆と話がしたいんだよ!」




 何に悩み苦しんでいるのか、はっきりさせなければならない。そして自分たちが殺されそうな理由を知りたいのだ。本当に死んでほしいと思っているのかどうかを。




  ***





 峰が無い短剣に爪や牙が当たるせいで瑠蓋はあちこちから血を流しているが、それは沙も同じ。距離を詰められ捌ききれず、腕や頭から流血していた。


 お互いに短気で、茶子や蒼一狼や緑太狼たちバカ犬が起こす騒動に巻き込まれては、よく喧嘩していたから分かる。瑠蓋の中に迷いがあることに、ずっと気づいている。



「あぁもう…鬱陶しいな、君の毒は…!正面から戦う気のないやり方だ………まるで──」

「──お前らみたいだろ?正々堂々が、一番嫌いな言葉だもんな…俺も嫌いだ」



 目の前の、種族を失った楽楽狗ららぐのなりかけのような男が、自分と人狼が同じように話している。

 当然だ。彼は仲間だから。同じ世界で同じ年月を過ごした、兄弟のような関係なのだ。性格も好き嫌いも似通ってくるのはおかしいことではない。

 だから今、自分に立ちはだかってくることが心底気に入らないのだ。瑠蓋の苦しみを欠片も理解できないわけではないはず。いくら種族が違えども、同じ村に100年以上暮らしていた家族なのだから。



 100年以上暮らしていたのだから、気付かないはずはないのだ。



「お前、茶子を食えるのか?」



 瑠蓋は息を呑んだ。



「食えないよな……俺も食えない。あんな死ぬほどうざい女、絶対ろくな味しねぇよ。どうせおちょくられたんだろ。チビだとかって」

「……………殺すつもりなんかないんだ…!!でも……昔みたいにからかってくるから、こっちの気も知らないで!!だから……!!カッとなって…………」

「…そうじゃなきゃ、茶子がお前にやられるはずないんだよな…」





 すると、沙の無線に連絡が入った。意気消沈した瑠蓋を前に応答しても問題なさそうなので、耳に近づけた。

 しばらく無言で連絡を聞き、何も言わずに無線を切る。ひとつ息を吐き、そして瑠蓋に内容を教えてやった。



「藍藍が、風架と一緒にいるんだと。翁からの情報だから間違いないだろ」

「は……あ、藍藍が?」

「そう」

「そんなわけない!!!」



 信じられないと言うように否定した。藍藍は、瑠蓋と共に里を保ってきた仲間だ。先祖の罪を、罰をちゃんと受けようと約束した。



(約束した…!絶対に八塩さんを傷つけないって、泣いてた八塩さんを見て藍藍と約束した!それを忘れるはずがない!!藍藍が…!!)



 嘘をついているのだと思い込み、振り上げた右脚の爪を目の前の仲間に振り下ろした。しかし沙に届くことはなく、しかし敵意は収まっていない。


 瑠蓋の攻撃は第三者によって阻まれていた。



朱兄しゅうにい…?」



 隠し世の里に住む赤い人狼、朱介しゅうすけが2名の喧嘩を止めていた。服を身につけ、人型になっている朱介は瑠蓋の脚を放す。



「ようやっと見つけられたわ。ここは匂い辿りにくくてかなわん。2匹ともこれ以上のケンカは無意味やから、もうおしまいにしよ」


 人狼には珍しい訛りのある話し方で、両者に手を引くよう命令した。それはただ仲間割れを防ぎたいというわけではない。

 黄泉村の白助はくすけ呂太りょうた茅子かやこが村を離れ、八塩と接触したことを告げるためだった。



 瑠蓋は唖然と報告を聞いた。分裂してからの約100年間、多くの人狼が里の者、村の者と内密に会っている中、最年長グループの5名はただの一度も縄張りから出ていない。レトロコアにも訪れることがなかった。

 不動だった年長者たちがなぜいきなり、しかも八塩に会いに行ったのだ。


 瑠蓋は頭の中が完全にこんがらがっていた。黄泉村を心底嫌う八塩が黄泉村の人狼と会えばどうなるか。

 まともに考えが浮かばないのに反射的に走り出し、明影地帯を飛び出していく。




 沙は短剣を鞘にしまいながら、朱介になぜここに辿り着けたのかを聞いた。朱介は匂いを辿りまくったと答えたが、明影地帯で匂いを追うことが困難であることを沙は知っている。考えられる理由はただひとつだ。



「迷ってるところに偶然俺らがいたんだろ」

「匂いを追うたら見つけたんや!」


 朱介はかなり方向音痴な人狼である。

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