第32話_嘘吐きの種族①

 藍藍あいらんは静かに話し始めた。


 およそ100年前に突然、怖い顔をした八塩やしおに「先祖が犯した罪」についてどう思うかを聞かれた。罰として獣混じりとなったことは知っているが、それ以上の情報も興味も無かった藍藍は『よく分からない』と答えた。

 すると八塩は切羽詰まった様子で『良いか悪いか、どっちだ!?』と怒鳴った。穏やかな八塩の初めて見る姿に怖くなり、どう答えるのが正解か分からず「悪い」と答えた。先祖とか子孫とか関係なく、罪を犯すことは悪いことだと思っているから。



 八塩は藍藍の背中を押し、『入り口に行け』と言った。怖くなって走ると瑠蓋りゅうがいの姿を見つけた。彼も八塩に似た質問をされたようで、藍藍と同様の返答をしたらしい。


 村の出入り口に走るとなぜか複数の仲間がいて、罪の質問をされた者、或いはただ出入り口に行けと言われた者、何も聞かれなかった者がいた。




 日が沈む頃にようやく八塩と、最年長グループに入る檸檬れもん、そして緑太狼ろくたろうが現れた。

 周囲を見回っていた金茶茶かなさざが戻ってくると、八塩は『行くよ』とだけ言い、村の縄張りから出た。

 何か聞ける雰囲気ではなく、悶々としたまま開けた土地に「隠し世の里」を作ることになった。





 何月経てど、なぜ急に村を離れなければならないのか解らず、藍藍は瑠蓋と共に八塩に直接聞こうと赴いた。茅の小屋の中から聞こえたのは八塩の静かな泣き声で、入ることはできなかった。



 混乱が消えない若い人狼たちは集まり、八塩は先祖の罪の責任を取るために村を離れたんだと結論付けた。きっとずっと苦しんでいて、きっと白助はくすけたちから理解は得られなかった。

 ここにいる者は「罪を犯すことは悪いこと」という共通した返答をした者。やっぱり悪くないなどと手のひらを返して八塩を傷つけることはしないよう約束した。


 罰を受け入れるなら獣型でいなければ。人型は神の怒りを買ってしまう。獣になるならば服などいらない。罰を受け入れることが八塩の望むことなのだ。

 そうして自分たちの疑問に無理矢理答えを作った。



 ある程度成長していた人狼は、おかしいことに勿論気づいていた。八塩が罪について思弁する姿など見たことも聞いたこともなかったから。だが「悪い」と言ってついてきた以上、貫き通さないと八塩が悲しむ。八塩が、八塩が、八塩が。





 「八塩を傷つけたくない」という思いと「姿を強要されたくない」という不満はやがて黄泉村への嫌悪に変わっていった。

 八塩と自分たちはこんなに我慢しているのに村の者たちは自由奔放に生きていることが羨ましく、妬みは幾月もかけて膨れ、姿を目に映せば怨嗟が抑えられなくなった。

 しかし黄泉村の人狼たちは決して同じ熱量でやり返してくることはなく、それが情けなくて余計に許せなかった。





白助はくすけくんたちが…っ、里を憎むなって言ってるって、緑太狼くんから聞いたの……!彼は何度もレトロコアに来て茶子ちゃんたちと情報交換してたから………でも八塩ちゃんは何にも言わない…!檸檬ちゃんも、ごめんねって謝るばっかり!」


 何も知らないよ、と言う紫煙しえんや金茶茶や朱介しゅうすけは、何も知らずについてきたという点で一致しているのに、文句も疑問も意見も、八塩に言わなかった。ずっと噤み、ずっと何もしなかった。彼らもたまに里を出て縄張りの外で会ったりしているのに、なぜ何も言ってくれないのか。




「傘招きを嫌うのも、八塩さんが悲しむかもしれないから、ですか?」



 藍藍は頷いた。分裂時はいなかった青葉あおば錫夏すずかには「罪を重んじて罰を受け入れろ」と教えてきた。

 それにも関わらず見えないところで人型になったり黄泉村の人狼に会ったりしているのは、きっと藍藍たちにも納得できていないことが、言葉や行動の節々に現れているからだろう。

 それでも八塩のためにと思って心を鬼にして叱ってきた。いや、押し付けてきた。そうして100年かけて築いた里の掟と我慢を、何も知らない風架と佳流が簡単に崩そうとしているから里の人狼は血眼になって捜していた。



「もう私は青葉くんや錫夏ちゃんに何も言うことができないよ…!!どうやって里を保っていったらいいの……」

「保とうとしないでください」


 風架は強く言った。



「皆が我慢している里なんて誰が暮らしていきたいと思いますか?罪を背負いたい八塩さんだけ離れれば良いじゃないですか!それをしなかった理由を、あなたたちは気づいているんだからちゃんと話し合ってください。

異種族私たちでさえこうして話し合うことができるのに、どうして同種族あなたたちはそれができないんですか?」




 そうは言っても、きっと八塩たちは嘘をつく。ぶつかり合おうとしても、大人は立とうとすらしてくれない。話し合いができるなら、ここまで苦労していない。





  ***





 由市ゆいちに連れられた隠れ場所は、骨董街道のとある店だった。店の周りには見たことのない植物が好き放題に生えていて、ジャングルの中に建つ小さな小屋のようだった。

 由市は扉を開け、慣れた様子で入っていく。佳流も慌てて後を追った。



 どうやらこの店の店主と由市は、少しばかり交流のある間柄のようだった。最初、事情を説明された骨董商人は渋っていたが、包みを渡されると了承した。

 お金か何か、賄賂でも入っていたのだろう。


 自分の用は済んだと言わんばかりに、早々に由市は帰ってしまった。全く知らない店主と2人にされて佳流は少し戸惑う。




 店主は羊の角を頭から生やし、右目に眼帯をつけた女だった。羊のようなくるくるの髪の毛をツインテールに結っていて、妖怪か何かかと考える。


「奥の部屋に隠れていなよ。奇貨市の日は客はほとんど来ないけれど、来る時もある。邪魔だから」


 店主にそう言われ、素直に頷く。カウンターを越え、奥の部屋へ土足で失礼した。

 その時ちらりと見えた店主の足は、羊のような獣の足だった。やはり半獣の、それこそイグズィアと似た種族か。





 店は本当に客が来なくて、ただ時間だけが過ぎていった。

 風架の安否が気になるが、連絡手段はないために祈ることしかできない。気を紛らわせるために、店主に質問をした。



「このお店って骨董街道の店だよね?なんで植物ばかり置いてるの?」

「俺が植物商人だから」

「え?でも骨董街道じゃ…」

「今はね。片付けが面倒だから骨董商人もやっているんだよ」

「へ〜…?」




 しばらく他愛のない会話を繰り返していると、扉が突然に開かれた。乱暴に、切羽詰まったように戸が開け放たれ、佳流は思わず身を隠す。


 商人は「やあ」と挨拶し、何を探しているかを問う。乱暴に扉を開けられても動じることなく、客として扱うあたり、さすがレトロコアの商人といったところだ。

 何を探しているか。問われた人物は荒い息遣いで答える。



「その奥にいる人間」



 緑色の狼が、そこにいた。

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