第31話_着衣②
藍藍が見た人影の正体は、小尉が人狼に喰われると焦って出てきた風架だった。口元を隠して荒い息遣いがバレてしまわないよう呼吸を整える。
興奮しているからか自身の血の匂いで鼻が効かないからか、香を焚く伊舎堂家にいるせいなのか、壁を隔てた位置にいる人間には気づかず、藍藍は低い声で唸る。
「私たちを獣だと思ってる……」
「獣になりたくて黄泉村を離れたんでしょ?」
「罪を受け入れた狼だと…」
「私は何か間違ったことを言っているの?」
「
私たちは!なんでいきなり八塩ちゃんが罪を意識したのか解らずに生きてるのよ!!」
吼える藍藍に、小尉は言い放った。
「解らないものをなぜ背負っているの?知りたければ聞けばいいのに、渡されたものを渡されたまま生きる選択をしたのは君らじゃないか」
血の温度が下がるのを、風架は感じた。「だから嫌いなのよ…」と呻く藍藍の声は彼らに届いていないだろう。
人狼を研究していたと微笑んだ小尉より、たった数日しか経っていない風架の方が藍藍の叫びを理解している。小尉たちには、表に隠された裏を知ろうという気が全くないのだ。裏があることすら、表と裏の概念すら理解できていない。彼らは、レトロコアの民であることを理解した。
藍藍たちは盲目的に八塩を信じているのではない。疑いながらも八塩を信じようと苦しんでいる。
「それで風架と佳流を血眼になって捜しているの?君らが知らない荷物の中を人間が知っていると思っているの?」
「っ…黙って!だからあんたたちは嫌いなのよ!!
「
「………生き物じゃない…!!なんなのよ貴族は!!」
部屋の中には藍藍の嗚咽だけが響く。翁と小尉は顔を見合わせ、藍藍の扱いに困っている様子だ。
そこに、ずっと隠れていた風架が姿を現した。足音に気づいた藍藍がようやく風架を目に映す。見上げられた風架には、目の前にいる狼がやけに人間のように見えていた。目線を合わせるために床に両膝をつける。
「…風架と、いいます」
その名を聞き、藍藍の目が少し開かれた。藍藍が何もしないよう翁が動こうとしたが、全てを遮るように風架は大きな声で語りかけた。
「逃げないあなたたちは素晴らしいと思います。分かりませんが、その…八塩さんという方を独りにさせたくないから背負い続けていたんでしょうか……苦しかったですか?」
藍藍は何も答えない。
「苦しいなら、八塩さんはあまり良い方ではないと思います。苦しんでいることに気付かせないほど隠すのが上手である可能性はありますが、隠しきれなくて村の人狼を襲ったんじゃないですか?そのことを八塩さんが気づかないなんて…」
藍藍の姿がだんだんと変わっていく。狼の顔が人混じりの顔に、腕に、変わっていく。獣の姿では出にくかったのだろう。人型に変わっていきながら、膝をついてボロボロと涙を溢している。
「何も教えないことを私は良いことだとは思いません。たとえ八塩さんが隠したくても…あなたはこんなに泣いているのに」
藍藍に寄り添う風架を、翁と小尉は何を思って眺めているのか。感情が欠落しているわけではない。嬉しいと思うこと、悲しいと思うこと、楽しいと思うこと、間々ある。ただ、「周りの者たち」と「自身」という絶対的な線引きをしているだけなのだ。それが、レトロコアの貴族という生き物なのだ。
人型に変わった藍藍の長い藍色髪は、とても綺麗なストレートだった。獣型ではこれほど綺麗に毛並みを保つことなど難しいだろう。
風架は立ち上がり小尉に、服を貸してやってくれと言った。裸のまま動くことはしたくないだろう。小尉は素直に、藍藍に裾の緩い服を貸してやった。
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