第30話_画策②

 真っ暗闇のトンネルを歩き、レトロコアから黄泉村へ帰る。

 沙は里の人狼を止めるために、無関係の人間たちをこれ以上関わらせないために動くと言った。自分には人狼と正面から戦える力がないから、せめて説得のひとつでもしなければ。


 それに、あのバカ犬の茶子が死にかけているのだ。見舞いと称して笑ってやらねば日頃の仕返しができない。




 山を登り、ちらほらと見える彼岸花を横目に、迷わずに進む。


 久方ぶりの黄泉村へ帰った向日。彼の匂いに気づいたのか、紺が茅の家から出てきて迎えてくれた。



「向日さん…どうしたんだ?」

「茶子が寝込んでるんでしょ?からかいにきたんだよ」

「あぁ…存分に笑ってくれ。今は言い返す気力もないから言いたい放題だぞ」



 紺が示した家に歩くと、家の中から黄夜きよが出てきた。彼女は向日の姿を見ると驚きの表情を見せたが、すぐに微笑んで、そして悲しそうに目を伏せた。

 家を覗くと、獣姿の蜜柑が横になっていた。そのすぐ隣には、痛々しい姿の茶子。



 彼女は茶色と黄色の2色持ちだ。どちらの色も色無しに分けられるが、2色持って生まれることが滅多にないため、黄泉村では茶子は色持ちとして扱われる。


 色持ちは昔から、自然の中に隠れられない体毛と引き換えに、強大な戦闘力を持っていた。目立つイグズィアが仲間にいれば、敵に見つかるリスクが高まる。故に、大昔の色持ちは迫害され、孤独に生きることが多かったそう。強大な力は、独りで生き抜くためのもの。


 今となってはイグズィア全員に色持ちの遺伝子があるため、そういった迫害の時代もあったのだと、認識が変わっていっている。




 茶子は色持ちとして扱われ、昔も今も村の主戦力として頼りにされてきた人狼だ。その茶子が今、こんな姿で眠っている。


 主戦力の一角が瑠蓋りゅうがいによって落とされ、黄泉村は重たい空気が流れているのだ。





 向日は中に入ることはせず、一番大きな茅の家へ向かった。


茅子かやこさん、いる?」

「いねぇよ」


 応えたのは、黄泉村の最年長であり、長である純白の人狼。



白助はくすけさんかよ」

「俺でなんか問題あんのか?茅子にできることは俺にもできるぞ。かかってこい」

「じゃ、茅子さんと呂太りょうたさんを捜してきてくんない?今後の…村と里の、大事な話をしたいんだよ」




 真剣な声色に、白助はしばらく向日を見つめ、外に出た。












 白助がひとつ遠吠えをすると、すぐに茅子と呂太が戻ってきた。



 久しぶりに帰ってきた向日に喜ぶも束の間、そんなに歓迎されたくないと断りを入れられる。今の黄泉村に、なにも喜べることなどないのだと。




「茶子が怪我をした理由は知ってるよね?瑠蓋がやってしまったんだよ。蒼一狼も紺も、里連中が」


 いい加減、この現状をどうにかしてくれないか。そう言い、頭を下げた。



「俺たちはなにも知らない。知らないから争ってることを、大人が知らないわけないよな?………俺たちは昔を知ってる。知ってるから、今が苦しい。

きっと俺の感じてる苦しみと、里連中の苦しみは比べ物にならないよ。姿を強要されることがどれほどの苦痛か、俺には分からない……でも村長たちは解るだろ?同じ種族なんだからさ……!」



 罪だのなんだの、よく分からないがちゃんと話し合って、八塩やしおを説得してくれ。彼女が分裂の原因で、彼女と村長たちがなにも話さないから、自分たちは争っている。

 なにも知らないままに瑠蓋は茶子を殺してしまうのかもしれない。その時、イグズィアのルールに則って、彼は茶子を食わなければならない。

 その姿を自分たちは、村長たちは、見れるのか。



「もう限界に近いだろ…里連中は俺たち以上に苦しんでるはずだ。レトロコアでも恐れられる人狼が、最弱種の人間を食い殺しかねないほどに……そうなってもあんたたちは、里を恨むなって言えんのかよ!?」






  ***







 辿り着いた場所は、心底嫌いな貴族の家だった。藍藍はため息をつき、堂々と門をくぐって玄関を開け放った。

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