第30話_画策①

 バッグを咥えたまま、藍藍あいらんは地面の匂いを嗅ぐ。持ち主の居場所を探っているのだ。


 一方、彼女の後ろを歩く緑色の狼は、捜す気があるのかないのかすれ違う者たちを眺めている。

 その姿に、藍藍は目に見えるほど苛立ちを見せた。


「ちゃんと捜して?緑太狼ろくたろうくん」

「捜してる。匂いを辿るのに2匹もいらないだろ」

「……服なんて着てさ、黄泉村が恋しいっていう態度を見せないでくれる?私たち、裏切られたって思っちゃうのよ」




 上下ともに服を纏う緑太狼は、藍藍の言葉を右から左に受け流して歩く。


 「服を着る獣がどこにいるってのよ…」とぶつぶつ文句を垂れ流す彼女の言葉ももちろん聞こえているが、


「…!」


今は構っていられない。






 しばらくすると、藍藍が急に立ち止まった。人間が見つかったのかと尋ねると、訝しげに答えた。


「匂いがふたつに分かれてる」



 ひとつは動かずそのままだが、もうひとつ、同じ匂いが移動している。

 バッグを失くしているのだから何かしら作戦は打っているだろうが、人間側に黄泉村の人狼が加勢しているかもしれない。


 多勢無勢の可能性はあるが、村の大人たちが動くわけがない。茶子は戦闘不能で、蒼一狼と紺も大きな怪我をしている。そのため、彼らの看病も鑑みて動けるのは3、4匹だ。




「私は動いてる方に行くわ。緑太狼くんは……ねぇ、聞いてる?」



 藍藍からの呼びかけには応えず、ジッと街道の先を見つめる。先ほど見た人影が見間違いでなければ、おそらく動いている匂いは………。そいつの目的地は…。



 数秒考え、緑太狼は提案する。


「動いてる方は俺が行く。移動してるってことは無防備になりやすい。だから多くの人狼か守人に守られてる可能性が高い。藍藍より俺の方が強いから、そっちは俺が行く」

「はあ?あなたの方が強いですって?なに寝ぼけたこと言ってるの?別れた村を女々しく引きずったまま私たちの気持ちも考えられないナヨナヨしいあなたが、覚悟決めて戦ってる私よりも強いっていうの?!」

「そうだ」

「…!!」



 弱いと断言され、藍藍は目を見開いた。バッグがボロボロになりそうなほど歯を食いしばり、緑太狼に背を向けて歩き出す。その方向にいるのは、動かずにいる匂いの持ち主。

 緑太狼はすぐに走り出し、動く匂いを追った。





  ***





「おかしいな…匂いはちゃんと覚えたはずだけど」

「お前は思い込みで行動する癖があるからな…瑠蓋りゅうがい



 百薬隊の明影地帯に現れた瑠璃色の狼、瑠蓋。

 今日は奇貨市のため我楽多隊は休みなのだが、そんなのは関係ない。今回は守人としてではなく、同じ人狼族として、異種族として彼と対峙する。




「会いたくなっちゃったのかもね?君があまりにも俺たちの気持ちを無視するから、殺したくなったのかも」




 強気な言葉を聞き、沙はバカにしたように笑う。




「弱種だって言った俺に使う言葉か?言うこと聞かしたいならとっととってみろ、弱者が」





 2匹は同時に地を蹴った。



 剣と爪がぶつかり、鈍く高い音が鳴る。沙は脚を振り上げ、瑠蓋の腹を狙って蹴りを入れる。しかしひらりと躱され、距離を保たれた。

 行動を猛スピードで突進に移した瑠蓋。彼が何かしてくるまでの僅かな時間で、体内に宿す毒の出力を強めた。上着を脱ぎ捨て、瑠蓋の姿をしっかり見つめる。


 スピードを持ったまま猛進してくるわけもなく、瑠蓋は、沙が回避する一瞬の足の動きを見て、先回りをして背後を取った。

 なんとか避けようと身体を捻るが、間に合わず背中に爪が立てられる。



 地に落ちた血が、花の種となって咲き始めた。引っ掻いた瑠蓋の爪や肉球からも彼岸花が咲く。毒が回る前に引っこ抜いてしまえばどうってことはないが、その暇を与えてくれるはずはない。

 花も毒も、考える時間は今はいらない。

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