第29話_別つもの①

 何もない畳の部屋で、小尉は紙にペンを滑らせる。その姿を、風架と佳流はジッと見つめる。

 数分後、「書き終わったよ」と2人に見せた。小尉が書いていたものは、幾つもの名前と、それらをふたつに別つ線。







隠し世の里   |   黄泉村

        |

 緑太狼    |   蒼一狼

 八塩     |   茜 

 麦      |   茶子

 瑠蓋     |   紺

 柘榴     |   白助

 錫夏     |   銀

 紫煙     |   黄夜

 朱介     |   柚子

 藍藍     |   茅子

 浅葱     |   呂太

 檸檬     |   蜜柑

 金茶茶    |   漆漆

 桜一     |

 青葉     |


       林檎




 翁の言った通り、小尉は黄泉村の人狼に詳しかった。とはいえやはりレトロコアの貴族。分裂の理由については罪の意識の違いとして認識していて、それが正しいと疑っていない。

 本人たちに聞いたのだから間違いないと断言されたため、これに関しては聞いても無駄だと判断した。


 もう一度最初から、主観的な意見を捨てて考える必要があるため、小尉に頼んで村と里の人狼について教えてもらっているのだ。



「この…林檎りんごという方はなんですか?」

「どちらにいるか分からないんだ。最近会っていない」

「そうですか…」




 紙を凝視し、考え込む風架。自分の世界に入り込んだ彼女に、小尉は尋ねる。


「なんで分裂に関係のない君らが関わろうとしているの?」


 案の定、考え込んでいる風架は応えないが、佳流は「う~ん」と悩み、返答を探す。



「錫ちゃんに大丈夫だよって言ったから、種族の問題に私たちの入る隙間がなかったとしても目の前で『大丈夫だったでしょ?』って言いたいの。それに、私たち殺されそうなんだもん、関係ないなんてもう言えないよ」



 笑いながらの「答え」に、小尉は「ふぅん」とぼやけた返答をした。






 2人の会話が耳に入っていない風架は、口元に手を当てて呟いた。



「色が……」



 色が何だ、と尋ねる佳流の声も耳に入らず、小尉からペンを借りて紙に書き足す。






隠し世の里   |   黄泉村

        |

 緑太狼    ×|  蒼一狼  ×

 八塩    ◯|   茜    ◯

 麦      ×|   茶子   ×

 瑠蓋    ◯|   紺    ◯

 柘榴    ◯|   白助   ◯

 錫夏    ◯|   銀    ◯

 紫煙    ◯|   黄夜   ×

 朱介    ◯|   柚子   ×

 藍藍    ◯|   茅子   ×

 浅葱     ×|   呂太   ×

 檸檬     ×|   蜜柑   ◯

 金茶茶    ×|   漆漆   ◯

 桜一    ◯|

 青葉    × |


       林檎  ◯



 書き加えられたのは、マルとバツ。名前の後ろに足された記号に、紙を覗き込む佳流は首を傾げた。



「これなに?」

「蒼一狼さんから、色持ちの話を聞いたんです」



 たしか、彼はこう言っていた。




────色持ちってのは、赤とか青とかそういう色のことだ。オレなんかは緑のケイトーだから色無し。



────どうやって分類されるんですか?



────隠れられるか隠れられないか!






 ちょくちょく沙の補足があって何とか理解できた、色持ちと色無しの話。

 赤や青はから色持ちだという。



 しかし、果たしてこれが何だというのか。





 すると、紙を見た小尉が「聞きたいんだけれど」と言い、風架からペンを受け取った。



「見たところ、マルが色持ちでバツが色無しということかな?」

「はい」

「では、正しくはこう」



 そう言って、何ヶ所か書き直していく。














隠し世の里   |   黄泉村

        |

 緑太狼   × |   蒼一狼  ×

 八塩    ◯|   茜    ◯

 麦     × |   茶子   ×

 瑠蓋    ◯|   紺    ◯

 柘榴    ◯|   白助   ◯

 錫夏    × |   銀    ×

 紫煙    ◯|   黄夜   ×

 朱介    ◯|   柚子   ×

 藍藍    ◯|   茅子   ×

 浅葱    ◯|   呂太   ×

 檸檬    × |   蜜柑   ×

 金茶茶   × |   漆漆   ×

 桜一    ◯|

 青葉    ◯|


       林檎  ◯










 正しく分けられた二分割表を見て、呟く。



「黄泉村が…圧倒的に少ない…?」




 100年前に起きた分裂で村を出ていった人狼の多くが色持ち。

 レトロコアで見た隠し世の里の人狼たちは皆、色持ちと呼ばれる赤や青の系統だった。


 罪の意識が色に関係しているというのだろうか。だとするなら紺や、紙に書かれている「茜」や「白助」はなぜ村に残ったのか。「緑太狼」は。「麦」は。





「ところで、君らは我楽多支払いに来たと翁から連絡があったんだけれど………」



 思考を巡らす風架と佳流に、小尉が割って入る。

 そうだったと、そのためにレトロコアへ来たのだと思い出し、持っているはずのバッグを探した。しかし、右を見ても左を見てもバッグは無い。



「なにも持っていないね」



 正しく現状を見た小尉の言葉に、佳流は顔を青白くさせた。


 茶子が怪我して倒れた時、止血をするために持っていたバッグが邪魔だった。なので地面に置いて、そのまま………。




 バッグの中には小尉からもらった伊舎堂家の紋が入っている。たとえスられても、貴族の持ち物なのだと主張して取り返せるように、ひとつをバッグに入れていた。



 それを聞き、小尉は「おや」と特に驚いてなさそうな声を出し、こちらが驚くことを言い放った。



「仮に隠し世の里の人狼が持ち去っていたら、匂いを辿られてしまうね。君ら、相当危険だよ」


















 提灯の灯りが消え、すぐに灯る。奇貨市が始まった。

 少しばかり高貴な匂いのする街道へ、現れたのは2匹の狼。



「行こうか」



 そう尋ねた藍色の狼の口には、バッグが咥えられていた。緑色の狼は頷き、後ろをついていく。

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