第28話_正しいのは

 茶子の容体を心配してついてきた風架と佳流。ぴくりとも動かない茶子の姿は痛々しく、こちらにまで痛みが伝わってくるようだった。


 トンネル街道を歩き、風を見つけた紺は2人に別れを告げる。



「お前らもさっさと帰れよ。ていうか落ち着くまでレトロコアには来ないほうがいい」

「…その子…茶子ちゃんだっけ……大丈夫だよね?」


 不安げに尋ねた佳流。何も答えられない様子の紺に、2人はますます悲愴に思う。

 人狼族はタフなようだが、止血に使ったハンカチや上着が赤黒く染まるこの様子を見ては、何を言われたって安心できない。







 真っ暗なトンネルを歩く紺を見送り、2人はその場に立ち尽くす。数メートルで姿が見えなくなっても、しばらく動かなかった。





  ***





 大木の幹の下から出て、大小三つの川を越える。霧の濃い場所にある曲がり道に気を付けて、背高の草の中を進む。


 茶子と紺につけられた傷を庇いながら、瑠蓋りゅうがい柘榴ざくろは帰ってきた。



 里に入ると、血の匂いを嗅ぎ取ったのか数匹の狼が、茅の家から出てくる。

 共にレトロコアに行った藍藍あいらん桜一よういち、浅葱色の狼 浅葱あさぎ、そして朱介しゅうすけ


 桜一は瑠蓋の身体から生える彼岸花を見て、顔を顰めた。


「この花…沙って人間のしわざ?」

「元人間やけどな。またえらい怪我したな。滝壺行ってきぃ。傷に染みても自業自得なんやから、ちゃんと流さんとあかんで」


 朱介に毒の中和をしてこいと言われ、2匹は素直に従う。その際、瑠蓋は咥えていたバッグを藍藍の前に落とした。

 レトロコアから持ち帰ったものだろうが、これはなんだと尋ねる。瑠蓋は振り返らずに答えた。



「人間が落とした。風架か佳流のものだよ」



 その言葉を聞き、藍藍と桜一の表情が変わる。すぐにバッグを咥え、家の中へと持ち帰った。




 浅葱は耳を垂らしながら、朱介の方を見る。


「俺…藍藍と瑠蓋が心配だよ。洗脳に近いよ。桜一なんか、沙を完全に敵って認識してるし。ねぇ朱介さん、里はこのまま………このままなの?」



 浅葱は藍藍よりも少し年上で、年齢は茶子や蒼一狼と近い。故に、約100年前のことも覚えている。

 100年前も似たようなことを聞いた。その時と変わらず、朱介は何も答えなかった。紫煙しえんに聞いても金茶茶かなさざに聞いても、誰も何も言ってくれない。

 だというのに自分よりも若い藍藍や瑠蓋や桜一は、躊躇いもなく答えるだろう。里はずっとこのままで、黄泉村の人狼とは相容れない と。先祖の罪を恥じて反省し、神からの罰を真摯に受け止める自分たちこそ正しいのだと、言うだろう。


 なんの罪を犯したのかすら知らないのに。



 100年前以降は、そんな話を一切しなかったのに。




 前回同様、今回も、朱介は何も言わずに家の中へと去るのだった。





  ***





 茶子と紺を見送り、とぼとぼと街道へ戻る風架と佳流。

 変な好奇心というか、実力に伴わない正義感のせいで茶子が怪我をしたのかと思うと、己の無力さに心底嫌気がさす。なぜ人間にはこんなにも力がないのか。




 2人が戻ってきた街道は、どうやら先ほどまで人狼たちが暴れていた禽獣きんじゅう街道のようだった。守人たちが道や建物に水を撒いている。

 その中に翁の姿を発見し、声をかけた。



「翁さん」


 こちらに気づいた翁は、水を撒く道具を袂にしまった。



「我楽多支払いか?」

「あ……そうですね」



 借金返済のために来ていたことを思い出し、小尉に連絡をいれてもらう。

 淡々と連絡を済ませた翁は、小尉がこちらに向かっているとだけ伝え、すぐに作業の続きに取り掛かった。

 全く興味を示さない態度には慣れたものだが、今回は少しばかり、人間の話に付き合ってもらいたい。


「翁さんは、人狼族について詳しいですか?」


 風架が問いかけると、翁は再び手を止めてこちらに顔を向けた。



「いいや」

「では、あなたよりも人狼族のことを知っていて、且つ今から話を聞ける人はいますか?」

「…私よりも、という点なら比良坂や東童だが、すぐに話を聞きたいのならば小尉が適当だ」

「小尉さん?」



 たしか小尉は、人狼除けの香を焚くほどに人狼を嫌っているはず。それなのに、話が聞けるほど詳しいと言うのか。

 翁が言うには、彼は人狼族について少し調べていた期間があるという。だから自分よりも、情報は多く持っているだろう と。

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レトロコアの迷夢 松山なえぎ @naegi_matsuyama

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