第26話_守るが護らず②

 爾余じよ街道から出るために〝禽獣きんじゅう〟と書かれた看板を曲がる。街道と街道の間にある明影めいえい地帯を走り抜け、上空に浮かぶ提灯の下をくぐった。


 後ろを振り返って、誰も追いかけてきていないことを確認して安堵する。

 こうも連続して人狼と邂逅かいこうするとは思わず、隣にいる紺色の狼に顔を向ける。彼が着ている服は破られ、赤黒い血で染まっていた。おそらく、あの2匹に襲われたのだろう。



 降り続く雨が傷口に染みるのか、苦悶の表情で獣型から人型へと姿を変える。茶子よりも大きい体格に、首が疲れそうだ。



「フウカとカナレだよな…?」


 人型となり、少しだけ痛みに慣れたのか呼吸を落ち着かせる。深呼吸しながら、2人について尋ねた。

 質問に頷きながらも怪我を心配するが、やはり人狼にとっては大したものではないのか、「平気」としか言わない。





 人狼は名を「こん」と言い、黄泉村よもつむらに暮らす人狼だと自身の所属を明らかにした。



 ここ数日、隠し世の里では若い衆がかなり荒れているらしく、村の人狼は風架たちの身を案じて日々見回っていたという。

 今日は紺と茶子が別行動でレトロコアに来ていたのだが、先程、紺は里の人狼の奇襲を受けた。



「あいつらは藍藍あいらん桜一よういちだ……多分」

「〝多分〟?」


 付け加えられた不確定要素に風架が首を傾げる。紺は首の後ろを掻きながら答えた。




「藍藍は覚えてるけど桜一は自信がない。100年ぶりくらいに会ったし、100年前はあいつは赤ちゃんだったから。俺も子供で…ほとんど覚えちゃいない」

「………100年?」



 100年の時を経て再会した、ということは、紺や桜一よういちという人狼は少なくとも100年の年月を生きているということになる。言葉のあやだろうか。

 そう思って年齢を尋ねると、「180歳くらいだ」と返ってきた。




 桁違いの年齢に、何から聞くべきか迷いに迷っていると、突然紺が大きな耳を立てて街道の向こうに視線を止めた。何かを聞き取っているかのように、真っ直ぐに耳を目線と同じ方向に向け、そして鼻を動かしている。匂いを感じ取ったのだろうか。

 すぐに紺は、風架と佳流に「自世界に帰れ」と言い残し、獣型になって走り去った。


 帰れと言われても我楽多支払いが終わっていないし、この状況で帰れるほど人狼に無関心ではない。茶子にも蒼一狼にも、レトロコアには来るな、人狼に関わるなと釘を刺されてはいるが、発言の責任くらい取らねば。次に錫夏や、傘招きと会ったときに自信が持てるように。






  ***







 場所は移り、時は少しだけ遡る。


 嘘にまみれた獣の村、黄泉村。茅で作られた三角の家の中で、村の女たちは集まって歓談を楽しんでいた。


「色計画?」


 黄色の人狼、黄夜きよが聞き返す。茶子は「そうだ」と頷き、色計画とやらの詳細について話し始めた。



「レトロコアで密かに行われてるイグズィア実験だよ。楽楽狗ららぐ共が貴族になろうと躍起になってるって噂だ」


 ニヤつきながら穏やかではない話をする茶子に、少し不安げな顔で言葉を返す。


「それってあれですよね……〝色持ち〟を人為的に生み出そうっていう…」




 そこへオレンジ色の人狼、蜜柑みかんが「フン」と鼻を鳴らして割り込んだ。


「一部のイグズィアがやってる事だし、ていうか都市伝説だろ?」




 茶子は目を細め、黄夜と蜜柑に向けて小声で話す。


 その一部で行われている計画が楽楽狗たちにも伝わり、しかも根拠のない方法で〝色持ち〟を作ろうとしているらしい。成功したらそなえ市で夜市に献上し、一定のラインを超えたら貴族に昇格できるという話だ。



「馬鹿馬鹿しい話です。色を持って生まれるかどうかなんて確率でしかないのに」


 首を振って実験者たちを否定する黄夜。そもそもの話、なろうと思っても貴族にはなれない。門を叩けば家に入れてもらえるわけでもない。



 一方の蜜柑は、茶子の話そのものを否定した。そんな事をしても貴族になれないことを、楽楽狗たちが知らないとは思えない、と。また適当な噂話をでっちあげて自分たちを怖がらせようとしているのではないか。

 すると茶子は少しだけ蜜柑に顔寄せた。


「お前さん、自分で言ってただろ。一部の奴らはやってる事だって。実際に色計画は行われているんだから可能性はゼロじゃない」




 そう言って、部屋の隅で寝転んでいる人狼を指差して続ける。指先が示しているのは、食べ過ぎで腹痛を起こしている蒼一狼だ。


「蒼一狼が怪我して帰ってきたのはその実験に巻き込まれそうになったからだぞ。血を盗られたんだと」

「…騙されるものか。蒼一狼はだけど用心棒だろ。楽楽狗に負けるわけない」



 なかなか疑り深い蜜柑に、茶子は小さく息を吐いて目を細めた。




「……仕方ないな、注意喚起でもしてやろうと思ったのに。蜜柑、なぜ私は〝二色持ち〟だと思う?」



 そう言いながら、自身の黄色の右目を指差す。目の上には、茶色の毛に混じる黄色のメッシュ。まさか、と蜜柑は息を飲んだ。本当にレトロコアでは色計画なるものが存在して、茶子はその実験体だったというのか。





 信じかけた時、また別の人狼が家に入ってきた。



「アホか、生まれつきだろ。お前こそ楽楽狗に負けて実験体にされてたとか、イグズィアとは思えない弱さすぎて一生バカにできるぞ」



 聴覚の優れる狼にとって、家の中の噂話も筒抜けだ。紺色の人狼、こんが茶々を入れ、くだらない話を終わらせる。

 蜜柑は「そら見ろ」と言いたげに口をへの字に曲げた。


 空笑いをこぼし、蜜柑から離れて座り直す。説得力はあっただろ、と茶子は自分を褒めるが、笑えない冗談だと黄夜にはいい顔をされなかった。

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