第25話_黄泉村②

 茶子が持ち帰ったマフラーが風架のものと知り、動きを止める2匹の人狼。



「風架ってのは……錫夏が言ってた人間の名前か」

「茶子も会ってたの?」



 2匹の言葉に頷き、口を開く。



「猶予があると思うなよ。異種族人間が関わり始めたんだ、里は動く」

「………」

「いつまでお前さんらは呑気に食いもの探ししてる気だよ。自分のやるべきことに目を向けろ」



 いつものように小馬鹿にした態度ではない、真剣な表情で伝える。


 茅子は手に持ったキノコを静かに有毒ブースに置いた。呂太は起こした頭を床につけ、天井を見上げる。




 何も言わなくなった、村の最年長グループの人狼たち。茶子は立ち上がり、マフラーを持って家を出た。




 100余年前に、黄泉村よもつむらは突如として分裂した。混乱する若い人狼たちにとって、その頃の大人は気が狂ったとしか思えなかった。


 罪だの何だの、今まで一度も、誰も口にしなかった。考えもしなかった。知識として頭の片隅に入れていた些細なものだったのに、分裂時には「獣型は」「人型は」「罪は」「神は」と、口々に言っていた。



 何年か経って、里の人狼は獣型を主として暮らしていると知った。厳格にルールを決め、罪と向き合うのだとほざいているという。

 内情を教えてくれた奴は、苦しそうに語った。




 このままではいけないと思ったのは、レトロコアで初めて錫夏と会った時。人型でいた茶子の姿に、あの子供は目を輝かせていた。


 しかし、自分にはやり方が分からない。日常的に嘘をつき、敵も身内も騙すのが人狼だ。「正々堂々」を嫌う自分たちは、どうしたってどこかに嘘を織り交ぜ合い、本心を決して悟らせないようにする。

 本心につけ込まれれば弱さも露わになってしまう。イグズィアにとって「強さ」は、何よりも至高なのだ。



 強くあるために、嘘をついて本音を隠す。




(話し合ってほしい…………それができたら、こんなにも皆が苦しんでないよな)



 マフラーを握りしめ、自分の家へと入っていった。





  ***





 トンネルを出る途中でマフラーを貸したままであったことに気づいた。今度会ったときに返してもらおうと、気にせず玄関のドアを開ける。

 あたりはすっかり真っ暗で、時刻は21時を超えていた。


「連絡もできないほど集中していたのか?」


 ダイニングキッチンにある椅子に座り、スマホを片手に出迎えた兄、晶斗あきと。居間には佳流が座っていて、困ったように風架に笑っていた。



 トンネルを出てスマホを確認し、すぐに帰宅の連絡を返したのだが、そういうことではないと解っている。

 佳流は「自主勉強しに図書館に行った」といった旨の誤魔化しをしてくれたようだ。辻褄が合わなくなるような言い訳は避けたい。



「はい…すみません。バッグに入れっぱなしで気づきませんでした」

「お前は………………休憩くらいしろ」


 何かを言いかけてめ、呟いた。



 改めて遅くなったことを謝ると、晶斗は難しい顔をしたまま自室へ入った。


 佳流は風架に駆け寄り、小声で話す。



「大丈夫?ケガしてない?」

「大丈夫ですよ。少し佳流さんに話したいことがあるんです」

「何かあったの?」




 風架の部屋でレトロコアでの出来事を話す。どうすれば自分たち人間が、人狼の力になれるのか。話し合いのできない相手にどう対応していくべきか。







 隣の部屋で風架と佳流が何か話しているのは聞こえる。壁が薄いため否が応でも聞こえてしまうが、内容までは聞き取れない。

 晶斗は両耳にイヤホンをさし、音楽を聴きながら本を開いて読書を始めた。

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