第23話_目的と手段①

 1月5日。晶斗あきとは仕事でおらず、珀流はるも早々にどこかへ遊びに出て行った。今は風架と佳流しか家にいないため、レトロコアへ行くチャンスだ。


 佳流は仕事兼、晶斗への言い訳要員として人間世界に残ることにした。



「じゃあ気を付けてね、ふーちゃん。絶対にケガしちゃダメだよ」

「はい。行ってきます」





 路地を目指して歩いていると、曲がり角で誰かと出会した。「風ちゃん?」と名前を呼ばれ、顔を確認すると、友人の百花ももかがそこにいた。


「百花さん…朝早くにどうしたんですか?」

「お姉ちゃんが風邪引いちゃって、ポカリとかいろいろ買いに行くとこ」

「それは大変ですね…ご両親はお仕事に?」

「そー。風ちゃんは?」


 こちらの用事を聞かれ、咄嗟に「買い物です」と答えた。百花とは中学生の時からの付き合いだ。親しい間柄であるため、必然的に一緒に行く流れになってしまう。

 断ろうにも上手い言葉が出てこず、結局コンビニへ行くことになった。








「風邪にはポカリがいいって言うけど、他になんか良いのあるかな〜」



 商品棚を物色しながら、百花はペットボトルを片手に店内を歩き回る。

 一方の風架は、買い物しにきたと行った手前、何か買わないと不審であると思って適当な雑貨を手に取った。しかし、本来の目的はレトロコアであるために財布を持っていない。スマホはあるが、キャッシュレス決済のためのアプリやら銀行やらがない。

 手にした雑貨をそっと棚に戻した。



 すると百花が物陰から顔を出す。


「ごめん私、何も聞かないでコンビニ連れて来ちゃったけど風ちゃんは何買うの?」


 そう問われ、困ったように笑って財布を忘れたことを告げた。すると百花は、代金を代わりに支払うと言ってくれた。お金は後日学校で返してくれればいい、と。

 本当に買い物に来たわけではないため、優しい提案は丁重に断った。



「風ちゃんも忘れ物とかするんだねー」


 笑いながら会計に進む百花を見送りながら、ふとコンビニを見回す。




「……あれ…?」




 視界に入ったのは、店のトイレだ。このコンビニは学校帰り、百花やあかりとたまに利用するので知っている。トイレに入るためには洗面台のある部屋をひとつ経由する。その部屋に出入りするための扉がまたあるのだ。

 扉には窓がついており、いつもは薄暗くなっているが洗面台の様子が見える。


 しかし、今見えている窓からは何も見えない。薄暗くても中を確認できるはずなのに、真っ暗だ。



 まさかと思い、恐る恐るドアノブに手をかけ、ゆっくりと開ける。


「…!!」


 正面にあるはずの洗面台はなく、壁もない。自分の身体と扉だけがはっきりと視認できていた。

 そして、暗闇の中に見える2つの青い小さな光。





「どうしたの?」



 後ろから百花に声をかけられ、我に返った。


「トイレ誰か入ってたの?」

「いえ…!そ、そうみたいです。お会計は済みましたか?」

「うん」


 彼女の様子を見るに、暗闇も青い光も見えていないだろう。百花の視点では、扉を開けたまま洗面台を見つめる風架が映っていたはずだ。

 万が一にも気づかれてはいけないと思い、百花の手を引いてコンビニを出た。


「えっ、どしたの?大丈夫?」



 心配の言葉に対してろくな返事もできず、曖昧に返して別れ道へ来た。

 百花に「お姉さん、お大事にしてください」と挨拶を残し、小走りでその場を離れた。




 あの路地だけがレトロコアの入り口ではなかったことに、心底恐怖した。一箇所だけ気を付けていればいいと思っていたが、もしかしたらレトロコアの入り口は場所を選ばないのかもしれない。来るものを選ばないように。





  ***






 暗闇の路地を歩き、レトロコアへ辿り着く。今日の夜市よいちは我楽多市のようだ。人が多く、そして騒がしい。



 蒼一狼の言葉を思い出し、獣人族らしき者たちを警戒するが、この態度が逆撫でしてしまわないかと不安になる。無関係の獣人からすれば心外だろう。

 警戒もほどほどに歩いていると、見知った顔が見えた。相手もこちらに気づいたようで、軽く手を上げてこちらに合図を送ってくれている。

 風架は少し安心して駆け寄った。


「茶子さん!お久しぶりです」

「久しぶりか?まぁお前さんにとっちゃそうなのか」



 茶色に映える一部が黄色の毛並み。右目は黄色で、どこか不思議な雰囲気を持つ人狼の茶子。目を細め、「借金支払いか?」と尋ねてきた。

 風架は頷き、小尉こじょうおきなの居場所を聞く。しかし茶子には分からないようだ。


 答えてくれた礼を伝えて、2人を捜しに出るために別れを告げると、茶子は呆れたように笑った。



「要領が悪いな」



 意味を尋ねると、風架の言動のことだと返答された。


「前に小尉のとこへ連れていってやっただろ。どうして今回も連れていってくれと言わないんだ?私を頼れば早いのに無駄な手間が多いぞ」



 確かに一理ある。だが、風架の頭には茶子を頼るという選択肢はなかった。


「蒼一狼さんから、人狼族が少し揉めていると聞きました。隠し世の里の方たちは私たち人間をよく思っていないようで……同じ種族のあなたが私と共にいたら、余計に亀裂が深くなると思うんです。だから、お気遣いは嬉しいですが大丈夫です」

「……………………まるで傘招きだな」




 茶子の言葉に息を呑んだ。



「お前さん、錫夏すずかに言ったそうじゃないか?傘をさしてりゃ話して構わないと。呪いの伝播を避ける傘招きの思いを無視して」

「………」

「里の連中は、その言葉を撤回させたがってる」



 隠し世の里の人狼、瑠蓋りゅうがい藍藍あいらんが筆頭となり、風架と佳流を捜している。身柄を確保したら、錫夏の目の前で先の発言を撤回させようとしているらしい。

 そうすることで、錫夏の罪に対する考え方を改めさせるのだという。




 茶子は腕を組み、ため息をつきながら言った。



「もし、小尉を捜してやるって言ってるのに断るなら、今すぐ私と来い。錫夏と里連中を連れてきてやるから撤回しろ。傘招きには近づいちゃいけないし、先祖の罪は子孫のものでもあるってな」



 黙ったままの風架に、ニヤリと笑う。


「どうする?」

「……撤回はしません。小尉さんのところへ連れていってくれますか?」



 その答えに、茶子は姿を獣に変えた。匂いを追ってくれるのだろう。相変わらず歩幅も歩くスピードも違う狼を小走りで追いかけた。

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