第22話_ムカつくあいつら③

 沙と向日という人間2人と人狼族の関係が分かったところで、蒼一狼が「あ!」と大きな声を出して風架を指差した。鋭い爪を眼前に出されて肝が冷える。

 少し仰け反りながらどうしたのか尋ねると、思い出したのだと言った。



「お前、フウカちゃんとカナレちゃんのフウカちゃんだろ!」



 思い出せたことが嬉しいのか、耳を伏せ、尻尾を振って喜びを表現していた。その姿がなぜか、近所で飼われている犬の姿と重なる。珀流はるを見つけると家の中から尻尾を振って吠え、ドアを開けてもらうと猛ダッシュで珀流に飛びつく小型犬。


 そんなことは今は関係なくて、浮かぶ疑問はなぜ佳流の名前を知っているのか、だ。



「錫夏が騒いでんだとさ!傘招きと会話するのがどーたらこーたらって。そんときお前とカナレっていう人間に会って、傘さしてりゃ良いんだって言ってもらったんだーって」



 先月のことだろう。傘招きと出会ったことも、そのとき錫夏に言った言葉も事実だ。

 しかし、それほど記憶に残ることだったのだろうかと不思議に思う。錫夏の発言から何やら複雑な事情はありそうだったから、その関係だろうか。


 すると、沙が小さくため息をついた。何か問題があるのかと尋ねようとしたとき、蒼一狼に発言を越される。



「しばらくレトロコアに来ない方がいいぞ」



 聞けば、「隠し世の里」という少数の人狼が暮らす集落では、錫夏の言動がかなり大きな問題になっているという。蒼一狼や茶子が暮らしている「黄泉村よもつむら」は里と深く関わりがあり、問題の責任の一端は村にもあると主張されている。最近は出会い頭に牙と爪を向けられるほどだ。

 蒼一狼が喧嘩していた狼も里の者で、奇襲を受けたのだと、不貞腐れながら言った。


「ほんとムカつくんだ、あいつら。でも2体1で背後から攻撃してきたくせにオレはそんなケガしてないから、オレのが強いよな。しかもどっちも色持ちだぞ!オレのが強い!」


 頭と腕や胴から流血しているのは、大した怪我ではないらしい。



 蒼一狼の「色持ち」という発言に首を傾げた風架は、何のことか尋ねる。

 〝色持ち〟とは、イグズィアたちの体毛の色のことだ。種族によって異なるが、陸では一般的に赤、白、青、紫が色持ちに分類される。それ以外の色、例えば蒼一狼の蒼色や茶子の茶色、黄色や黒色は〝色無し〟に分けられる。


 蒼一狼の説明では分かり難いが、とりあえずは理解できた。

 人間には発現しない色が、異種族では現れる。なんて面白いのかと風架は興味津々に頷いた。




 ここで閑話休題、色の話もほどほどに、だ。



 錫夏の言動の原因が「フウカ」と「カナレ」という人間であると知った隠し世の里の人狼たちは、現在血眼になって2人を捜しているのだと蒼一狼は言う。

 もし里の連中に見つかったら、最弱種族の人間では歯が立たない。だから落ち着くまでは来ないほうがいい。


 風架は小尉と翁に目を向ける。来なくていいなら行きたくはないが、そうもいかない借金返済。月に一度という契約を小尉を交わしているため、来月もまたレトロコアに訪れなくてはならない。



 すると、察した沙が小尉に助言する。


「今の里連中は本当にこいつらを食い殺しかねない。こいつらが死んで困るのはお前らだろ」


 小尉は少しの間をおいて頷いた。


「そうだね。風架と佳流が死ぬのは困る。だから沙も2人を守ってくれないか?」

「あ?」

「私の言葉よりも君の言葉の方が、隠し世の里の人狼は話を聞くだろ?」

「………」



 眉間に皺を刻み、小尉を睨む沙。しかしそんな睨みも意に介さず、小尉は翁にも同様に頼んだ。


四市よいちも、これからは人狼族に注意してくれないか?」

「君が困ると言うのなら対応する」




 結局、来月もレトロコアに来ることは変わらず、翁と沙が「人狼に気をつける」ということで議論は終了した。

 守ってもらう立場にいる風架は、なんだか申し訳なくなった。



 しかし、「傘招きと話したい」という発言がそこまで問題になっている理由が些か理解できない。確かに雨は危険なものなのかもしれないが、ちゃんと言い聞かせて大人がついていてやれば、問題視するほどのことではない気がするのだ。

 人間を食い殺しかねない なんて、何がそこまで人狼族をざわつかせるのか。


 尽きない疑問の答えを捜しつつ、トンネル街道へ向かう。道中は翁が付いてくれたため、安全に帰ることができた。




  ***




 家に帰り、佳流にレトロコアでの出来事を報告する。錫夏のことと、傘招きに関すること。加えて、蒼一狼という人狼から危険を知らされ、今以上に気を付けた方がいいこと。


 佳流は「うーん」と考え、疑問を口にする。


「傘招きをお話して何がいけないんだろうね?やっぱり雨が危ないからかな…」



 風架も顎に手を当てて考える。


「隠し世の里に暮らす人狼たちは、主に獣姿を主としているのではないでしょうか?以前錫夏ちゃんはそのようなことを言っていましたし……傘をさせないから近づくことが危険なのかもしれません」




 人狼たちから直接話を聞けない以上、考えても答えは見つからない。


 しかし、血眼になる程自分たちを捜しているらしいので無関係とは言えないだろう。傘招きのように話ができれば良いのだが。




 とりあえず今月の支払いは完了だ。次は1月だが、流石に元旦にレトロコアへは行きたくない。ちょうど風架は冬休み期間なので、少し遅らせることにした。

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