第22話_ムカつくあいつら①
守人らしき人物の仲裁が入ったことで、一気に会場は盛り下がりを見せる。その光景も、当事者側から見たことがある。
人だかりはみるみるうちに散り、中心にいた者たちが誰なのか見えてきた。そこには先ほどの男と2匹の狼、そして狼のぬいぐるみが転がっていた。2匹の体毛は緑色、赤色とカラフルで、ぬいぐるみの色は青色だった。
緑毛の狼も赤毛の狼も流血していて、彼らが喧嘩していたのだと分かった。ぬいぐるみが何の関係があるのか見当もつかないが。
男は地面から何かを拾い、ポケットに無造作に突っ込む。そして狼たちに言った。
「人狼がなんで
しかし、狼たちは未だ姿勢を低く保ち、牙を剥き出している。今にも喧嘩が再開しそうな一触即発の雰囲気に、男はため息をつく。
「それでも帰んねぇならてめぇらも人形にするぞ」
そう言うと、赤色の狼はぬいぐるみを咥え、男を睨み付けて去っていった。
一体何が起きたのか、理解が追いつかない風架に男が近づく。彼は左目を前髪で隠していて、右目は寝不足なのか隈があった。
不健康そうな片目男は、ポケットから無線機を取り出して耳に当てた。
「風架だな?翁が言ってた…」
「は…はい」
「呼ぶから待ってろ」
男は「リジェ・イーラット」と名乗り、「魔法薬隊の隊長」だと言った。
(百薬隊とは別…?)
魔法薬も百薬の中に入るのでは、と考えたとき、リジェの後ろに見える緑色の狼が地面に倒れた。「人狼」と言っていたから、茶子や
慌てて駆け寄ろうとすると、リジェに腕を掴まれた。あの狼が怪我をしているのだと伝えると、「やめとけ」と止められる。
「人狼は迂闊に近寄るな。レトロコアでも恐れられる種族だぞ。お前みたいな貧弱で虚弱な最弱種族が近寄れば骨も残らねぇ」
「ですが──」
「──翁の命令だっつってんだよ。死なれたら困る」
腕を掴んだまま、無線機で翁と連絡をとるリジェ。
確かに人狼は怖いだろう。最初、茶子と邂逅したときは恐怖で足が動かなかった。だが話の通じない種族ではないはずだ。実際に関わったから分かる。
それに、かなり血を流しているように見えるため、あの狼にはもう力も残っていないだろう。
なんとかリジェの拘束から抜けようと、ひ弱な力でもがいていると、翁が到着した。
腕を掴んで動きを抑えている光景に、首を傾げる。
「何している?」
「なんでもねぇ。さっさと連れてけ」
翁の質問をはぐらかし、強引に風架の背を押した。
転びそうになりながらも耐え、風架は翁を見上げて助けを求める。
「あの人狼の方、怪我しているんです!助けないと殺されてしまう…!せめて安全な場所で寝かせてあげたいんです」
「……あれは
狼の名前を呟いた翁。知り合いならば助けてやってほしい。そう懇願すると、翁は風架に顔を向けた。
「なぜ怪我をしていたら助けなければならないんだ?」
「…え……?」
「蒼一狼から助けを求められたら応えるけれど、風架の言い分は理解できない」
「………だ…だって、あのままでは死んでしまいます……お知り合いなんですよね?」
「それだ。その主張が意味が分からない」
知り合いなら助けてやってくれ、と言うことは、知り合いでないなら助ける必要がないということ。風架はあの狼と知り合いではないのに、なぜ救助を求めるのか。なぜ助けたいのか。
風架は翁の意見に慄いた。
「ですが…翁さんは、私と知り合ってなくても助けてくれたじゃないですか!」
「君が助けてくれと言ったからだ。蒼一狼は助けを求めていない」
「求めないんじゃなくて求められないんです!気を失っているから話すこともできないんですよ…!」
「〝求められない〟は〝求めている〟と同義か?」
水掛け論のような2人の言い争いに、静観していたリジェが間に入った。
「蒼一狼に死なれたら風架が困るってことだよ」
すると、「本人が救助を要請していない」の一点張りだったのに、翁は「そうか」と呟いた。そして、倒れる緑毛の狼に群がっていた者たちを散らし、無線機で誰かと連絡を取り始める。
翁の言動に困惑していると、リジェが言った。
「翁や小尉に何か頼みごとをしたいなら、困ってるって言え。そしたら二つ返事で動いてくれる」
「どういうことですか…?」
「俺らも解んねぇよ。ただあいつらはそれで動くってだけだ」
怪我をしている、していないに関わらない。知り合いか否かに関わらない。目の前の人物が助けを求めているか。困っているか。それによって翁や小尉たちは救助に動く。
だから、救助の対象が自分か他者かは関係なしに、ただ「困っているから助けてほしい」と言えば彼らは手を差し伸べてくれるのだという。
以前、翁か小尉か、どちらかが言っていた『困っている者は見捨てない』という台詞。あまりに機械的な行動条件に、筆舌し難いもどかしさを覚える。
翁にいろいろ文句を言いたいが、助けてもらっているため口をつぐむ。緑毛の狼に駆け寄り、首に巻いていたマフラーで止血を試みた。頭や左腕に爪の痕があり、痛々しくて目を背けてしまいたくなる。
すると、誰かと連絡を取り終えた翁が袂から瓶を取り出した。蓋を開けると、風架のマフラーをどかして傷口に液体をかけ始める。
「ななな何してるんですか!?」
「止血剤だ」
「止血剤って直接かけるものではないでしょう…!!注射とか塗り薬とかじゃ…!」
制止も虚しく、翁は構わずに止血剤と呼ぶ謎の液体をかけ続ける。リジェに止めてもらえないかと捜すが、すでに彼はどこかへ去ってしまったようだった。
自力で止めるしかないため、翁の腕を掴んで止めようとする。しかし、その腕を掴まれた。
「助けてくれと言ったのになぜ止めようとするんだ?」
「やっ、やり方が乱暴すぎます!」
「乱暴?止血がか?」
「せめてガーゼで湿らせて当てるとか……!」
再び言い争いが始まる。そこへ、翁から連絡を受けたひとりの人物が到着した。
「連絡よこしただけでも奇っ怪だってのに…なにしてんだ翁」
百薬隊の守人、沙だった。
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