第21話_語らい②

 茅で作られた三角の家の中。傘をしっかり抱いて、絶対に渡すまいとしている錫夏すずかに、藍藍あいらんはきつめの言葉をかける。


「錫夏ちゃん、傘招きに近づいたらダメって言ってるでしょう?どうして約束を破ったの?里のルールに反することよ」

「…ごめんなさい」

「ごめんなさいは後でいいよ。どうして約束を破ったのか教えてくれる?」


 錫夏の後ろ、出入口に寝そべっている瑠蓋りゅうがいが、誤魔化せないように責める。

 狭い空間で大人の狼2匹と相対し、怖くて涙を堪えられなくなった錫夏は白状した。イグズィアと同じく神に呪われた種族と話したかった、と。

 理由を聞き、ため息をつく瑠蓋。



「話したところで呪いは解けないんだよ。死んでたかもしれないんだぞ」

「で、でも傘があれば──」

「──近づかなければ雨に殺されることもない。いい加減覚えなよ。あといつまで人型でいる気?獣でいることも里のルールだよ。一体どこまで僕らを裏切れば気が済むんだ?」



 身体を起こし、錫夏を見下ろして淡々と言い聞かせる。しかし語気はどんどん強まっていく。




「お前も人狼なら約束を守れ。そして傘招きと話したいだなんて危険極まりない願望は捨てて罪と向き合うために獣でいろ。傘招きは咎人とがびと種族の成れの果てだよ。呪いを感染させる最も穢れた種族と会話してたら、神は罪を赦してくれないんだ」

「だって…!だって話したいし、話してくれたもん!やりたいことはガマンするなって茶子ちゃこちゃんが──」

「──村の話をするな!!!」



 茶子の名前を出した途端、怒鳴って話を止めさせた。錫夏に唸り、牙を剥き出して今にも噛みついてしまいそう。

 藍藍も耳を伏せ、鋭い目つきで錫夏を睨んでいた。


 ぼたぼたと涙をこぼす錫夏は、床に伏せて瑠蓋から身を守るように頭を覆った。身体を震わせ、小さい泣き声を漏らしている。




 啜り泣く声だけが部屋に響く。そんな不穏な家に、遠慮も声掛けもなしに1匹の狼が入ってきた。


「こんな小さい子供を寄ってたかって泣かすな。俺の家まで聞こえたぞ」

紫煙しえんさん…」



 紫色の狼、紫煙しえんの登場に、瑠蓋は錫夏から離れる。


 紫煙は錫夏の顔を舐めて涙を拭う。錫夏はとうとう声を上げて泣き始め、紫煙の首元に顔をうずめて縋った。

 流石にやり過ぎたと思ったのか、瑠蓋は藍藍を促して家から出る。泣き喚く子供をあやす紫煙を横目に、バツが悪そうに。



「あんまり泣いてると皆集まってくるぞ〜。どうしたどうしたって」

「だって…っ!!………藍藍ちゃんも瑠蓋くんもキライ!!」

「……そうか……」


 錫夏の大きな泣き声は、家を出てもなお聞こえてくる。


「茶子ちゃんも蒼一狼そういちろうくんも…!あんなこと言わないもん!好きな姿でいいって言ってくれるし、わるいことしてないからいいんだぞってぇぇぇ…!!」



 瑠蓋と藍藍は、少し離れた位置に立っている別の茅の家へと向かう。





「風架ちゃんと佳流ちゃんも、言ってたもん!!雨に濡れなかったら傘招きとお話していいって!!沙お兄ちゃんだっていいよって言ってくれたんだよ!!ダメばっかいう里なんて錫夏キライ…!黄泉村よもつむらに行きたいぃ……!」




 その足は止まり、2匹は顔を見合わせた。目線は今から行こうとしていた家へと移り、やがて方向転換して里の近くにある滝壺へと向かった。



 勢いよく流れ落ちる滝の裏には洞窟があり、暗闇に包まれた洞窟内には、青い小さな灯りが2つ出現するのだ。





  ***






 夏は七分丈の服装で行き、走ったりしない限り汗はかかなかった。

 現在、暦は12月。季節は冬。吐く息が白い時期に厚着をしてレトロコアへ行くと、暑いとも寒いとも感じない。

 つくづく奇妙な場所だ、と風架は小さくため息をつく。



 通い始めてはや6ヶ月。周りを見る余裕も出てきたので道ゆく者たちに目を向ける。全身が毛で覆われた巨大ムカデや、浮遊する半透明の物体の群れ。雪男のような容姿の者もいれば、南国の精霊らしき小柄な者もいる。

 レトロコアという場所は、あらゆる世界と繋がると豪語しているようだから、誰にでも過ごしやすい環境になっているのかもしれない。


 さりとて、全ての生き物が共存できていることはおかしいのだが。






 小綺麗な商人が、口角を上げて丁寧に接客をするここは、奇貨きか市だ。売られている商品から察するに、珠玉しゅぎょく街道か、骨董こっとう街道か、それとも稀物まれもの街道か………。



(違いがあまり……分かりませんね…)



 分からずとも、買い物をしにきたわけではないため、気にすることもないだろう。

 肩にかけたバッグをしっかり握り、小尉こじょうおきな、あるいは守人もりとを捜す。


 あの東屋に行こうかと考えたが、あそこに勝手に入るのは気が引けた。貴族当主である由市ゆいちが頭をよぎるからだ。

 彼からもまた、小尉に似た威圧感を感じた。



 鉢合わせては気まずいどころではないため、街道を渡り歩くしかない。




 そう考え、誰かとぶつからないように気をつけて進んでいると、だんだんと人の密度が高まってきた。まるで我楽多市のように。


 金額の天井がない奇貨市は、そのせいか客が少ない。冷やかしにすらならない見物客もほとんどおらず、だから揉め事があまり起きない。

 だというのに、今日はどうやら様子が違う。




(この感じ…………茶子さんと初めて会ったときと似てる…)



 スポーツ観戦をしているかのように、周囲は盛り上がり沸き立ち、時折汚い言葉を投げかけている。茶子が大蛇を引き裂いたときにも、このような人だかりができていた。

 それと同時にバッグをスられたことも思い出し、今度は盗まれまいと、一層バッグを強く握りしめた。


 争いごとに関われば、今度こそ命を落とすかもしれない。それに、そもそも喧嘩が嫌いだ。

 風架は少し後退り、ある程度人混みから離れた。そして踵を返し、反対方向へ行こうと歩き出す。




「止まれ人間」





 肩を掴まれ、心臓が跳ね上がった。静止の声をかけた男はそのまま人混みの中を突き進む。

 止まれと言われたが、このまま棒立ちしていたら捕まってしまう。恐怖と戸惑いから、意識していなくとも足は後退する。すると、人だかりの中にいる誰かが大声を出した。怒っているようだ。


「おいテメェ誰だ!?守人か!?邪魔すんじゃねーよ!!」


 怒鳴り声を皮切りに、次々とブーイングが飛び交い始めた。どうやら、喧嘩に仲裁が入ったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る