第19話_「大人になったあなたにまた会いたい」②

「アマナシとツユナシという、2人の傘招きがいると錫夏が言っていた。知り合いか?」



 確かに、先ほど会った傘招きだ。帰ったと思っていたのにまだ残っていたのか?


 疑問に感じていると、ポツリと雨が降ってきた。雨足はすぐに強まり、2人は慌てて雨勿と露無がくれた傘を広げた。

 傘を持たずにずぶ濡れになる翁に、佳流は自分の傘に入るよう言った。しかし必要ないと断られた。




 雨に濡れることに抵抗がないのだろう。しかし風邪を引いてしまうのではないかと、心配で風架も自分の傘に招こうとする。

 翁は、自分たち貴族は風邪を引くことはないと言った。怪我をすることはあれど、具合が悪くなることはないらしい。

 生き物らしくない生態に、馬鹿正直に「変なの」とこぼす佳流。すかさず風架は、何も言っていないと隠すように、伝言について詳しく尋ねる。



 しかし翁自身も詳細は知らないようで、なんでも「傘招きがいるから風架と佳流を呼んできて」と言われたらしい。


 状況は不明だが、呼ばれているなら行こう。2人は翁に礼を伝え、トンネル街道から離れた。

















 百薬街道に錫夏がいると聞き、街道を2つ横切って辿り着く。一本道を駆け足で通り、彼女たちを捜す。

 雨を避けるためにさしている傘が、再度道を開けてくれた。客たちがそそくさと端に避け、若干申し訳なく思いながら通り抜ける。



 どれくらい走っただろうか。体力のない風架の足取りが停滞した時、佳流が声を上げた。


「いた…!」


 あと少しで再会できると分かり、息を深く吸って吐き、足を動かす。






「あ!佳流ちゃん!」



 いち早く人間たちに気づいた錫夏が走り出そうと動く。しかし、沙に止められた。雨に濡れる危険があるから待っていろ、と。

 向日とも約束したため、足踏みしながら足の遅い人間たちの到着を待ち侘びる。



 風架と佳流の姿を確認した雨勿と露無は、小さく息を吐いた。





「錫夏ちゃん…!またお話できてよかったよ」

「うん!あのね、雨勿ちゃんと露無くんなんだって」



 ようやく到着した風架と佳流は、猫の被り物と天蓋てんがいに視線を向ける。確かに被り物だが、こんなに古びてはいなかった。しかも服装も違う。


 首を傾げながら見つめていると、雨勿が口を開く。



「その傘は、わしが渡したものじゃろうか?」

「え………は、はい」

「そうか……風架か…そうじゃったな。弱々しい顔をした、優しい少女のまんまじゃ」



 懐かしむ雨勿から発される声は、あの雨勿のものではない。本当に彼女なのだろうかと混乱していると、露無が説明してくれた。

 世界の時間の流れが違うこと。そのせいで自分たちは歳をとっていること。しかし確かに自分たちは、風架と佳流、そして錫夏に傘を贈った傘招きであること。


 時間の流れが違う、ということは、風架と佳流も勘付いていたことだった。だが世界によってこんなにも差があるとは。





 雨勿は風架にも謝罪した。


「あの時、おぬしにも怒鳴って申し訳なかった」

「いいえ……あの…どうしてレトロコアに戻ってきたんですか?」



 尋ねると、猫の被り物は下を向いた。錫夏を見ているのだろう。


「会いたかったんじゃ、錫夏に。そして伝えたかった」



 そう言うと、雨勿は傘のシャフトを持つ手に力を込めた。そして、静かに語り始める。




「わしらは生まれた時より、呪われた子と呼ばれておった」





  ***





 今から79年前、とある村の一軒の家に、ひとりの男児が生まれた。小雨の降る日だ。彼は天気に因んで「露無つゆなし」と名付けられた。

 その翌年、別の家にひとりの女児が生まれた。土砂降りの日だ。彼女は天気に因んで「雨勿あまなし」と名付けられた。




 村の名は〝雨村あまむら〟。1ヶ月のうち7日間、雨がひと時も止むことなく降り続ける特異な村だ。その村では、かんかん照りの日照り続きでも全員が傘を常備し、汗ばむほど暑くても決して肌を露出しない。


 その理由は先祖にある。


 彼らの先祖は大昔に空の神の怒りを買い、雨によってその身が清められる呪いをかけられたと云われている。子孫にも遺伝するほど強い呪いは、村の外から来た者も区別しなかった。雨村に足を踏み入れれば、誰だろうと呪われた。


 子孫たちは先祖の罪を恥じ、反省した。事情を知らないよそ者たちに呪いについて説明し、清められて死んでしまわないよう、建物内に入るか自分たちの傘の下に招き入れた。

 だかよそ者は本気にせず、むしろ晴れの日に傘を差す顔の見えない不気味な村人を気味悪がることが多かった。



 道を歩く度に傘に招かれるため、彼ら雨村の住人は「傘招き」と呼ばれるようになったという。






 罪を恥じる傘招きたちは雨を嫌った。



 故に、雨の日に生まれる子供を「呪いの子」と蔑視べっしし、辛く当たる。自身の子供を村八分にさせないために母親も必死になるのだが、彼らはその日に生まれてきた。




 「露無」と「雨勿」は、村の権力者たちによって名付けられた厄払いの名。それは、雨の日に生まれたことを知らせる警鐘でもあった。

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