第18話_希望の子①

 雨は未だ、強く降り続ける。傘招きが自身の世界から逃げていることを、怒っているように。




 風架は雨勿あまなしから受け取った洋傘を握り締め、2人を交互に見つめた。被り物越しでは2人がどんな表情をしているか分からないが、それは逆に好都合だった。怒り狂った表情だったら、きっと怖くて何も言えなくなってしまうだろうから。



「人を傷つけないでください。どんな種族であれ、何を抱えていたって、傷ついてほしくないです。傷つけてほしくもない」

「………散々傷つけてきたんです、僕たち。親も兄弟も、近所の子も。〝呪われた子〟だからか、夜市よいちにも辿り着けてしまった……それが余計に村を恐怖に陥れてしまって、僕たちもたくさん傷ついてきました…人を遠ざけたい僕らは、最低ですか?」

「…いいえ」




 露無つゆなしの問いに首を横に振ったとき、風架の後ろから声がかけられた。



「雨勿ちゃん、露無くん!」



 傘をしっかり握り、小走りで駆け寄る錫夏すずかと、その後ろをついていく佳流だった。

 泣き腫らした顔の錫夏は傘招きの2人を見上げ、また泣きそうになりながら口を開いた。


「茶子ちゃんたちはね、錫夏に好きな姿でいていいんだよって言ってくれるの。おじいちゃんとおばあちゃんがおこられるべきで、子どもには関係ないんだよって!錫夏、それはみんなに知ってほしいの。お父さんとか藍藍あいらんちゃんたちに!」

「………」

「だってそうでしょ?なんでおこられるのか分からないのに、反せいしろって言われたってできないでしょ?そうでしょ?」

「…そうなのかな…」

「そうだよ!雨勿ちゃんと露無くんたちも、好きでいいんだよ!………………好きでいてほしかったの…!そしたら、藍藍あいらんちゃんたちにおしえてあげられると思ったの…」




 涙をこぼしながら一生懸命に伝える錫夏に、雨勿は膝を曲げて手を伸ばした。長い袖で隠された素肌は、かなり白くて、そして痛々しい傷痕があった。

 細い指が錫夏の頬に近づき、そして遠ざかる。涙を拭おうとした手は、すぐに袖の中に隠された。



「神がおかしいの……っ…おこらなきゃいけない人はもういないのに、おこってるのがおかしい……!」

「………それほど、先祖の犯した罪が大きいのじゃろう……仕方ないんじゃよ錫夏。好きに生きては迷惑をかける。その尻拭いが、私たちにはできぬ…びょうたる存在じゃ」




 雨勿は悲しげな声で語る。





 そのとき、不意に錫夏の身体が浮いた。傘を持つ手に誰かの手が重ねられ、奪われる。

 4人が驚いて顔を上げると、そこにはフードを被った目つきの悪い人型種族が立っていた。



比良坂ひらさかさん……⁉︎」



 百薬隊の守人であるいさごが、錫夏を抱きあげ、代わりに傘をさしてこちらを睨んでいた。その鋭い眼光は傘招きに移り、状況説明を求める。


 風架と佳流が説明しようとすると、雨勿がそれを制した。




「錫夏を傷つけてしまったのじゃ。大きな声を出してしまって…じゃがおぬしは…分かるじゃろう…?傘招きの危険さを教えておらぬ訳ではあるまい」


 おおかた、錫夏が騒いで自ら傘招きに近づいたのだろう。この子狼がそういう生き物だと分かっている沙は、雨勿の言葉を否定せず、責め立てもしなかった。



 傘招き、そして人間たちを一瞥し、何も言わずに錫夏を連れて去ろうとする。佳流が引き止めようと口を開いた。


「待って!私はまだ錫夏ちゃんとお話したいの!」



 その言葉に沙は立ち止まったが、雨勿が「いいや」と否定する。



「もう話は終わった。さっさと連れ帰ってくれ、比良坂とやら。そして骨の髄まで叩き込め。傘招きに近寄るなと」




 振り返った沙の腕には、彼の胸に顔を埋めて泣きじゃくる錫夏がいた。彼女は涙でいっぱいの瞳を雨勿と露無を見つめ、何かを呟いた。

 しかし雨音に加え、聴覚に優れていないため聞き取れなかった。



 沙は何も言わず、人々の避けていく街道の向こうに消えた。






 残された4人は、降りしきる雨の中に立ち尽くす。やがて傘招きは人間2人に「さらば」と短く伝え、錫夏、沙とは逆の方向へ去ってしまった。



 雨の音と、喧騒が街道を包む。やけに遠くに聞こえる人々の声が、自分たちには無関係の出来事のように思えた。






「小尉に会いに来たのか」




 いつの間にか目の前に立っていたのは、フードを被った麗人。


「たきさん…」


百薬隊守人のたきだった。



「最近は雨が多くて嫌んなるな」


 世間話のような言い方だ。だがその場しのぎの会話すら応えられず、風架と佳流は俯く。

 たきは片耳につけた無線機を操作し、翁に連絡を入れた。











 翁が百薬街道に到着する頃には、雨は上がっていた。

 雨が止んでも傘をさしたままの2人に、翁はのか、もう呪いは解かれていることを伝える。傘招きではないのなら、伝染した呪いは一度きりの雨で効力を失う、と。

 2人の返事や反応を確かめることはなく、必要最低の情報を伝えると「東屋に行く」と言ってさっさと歩いていってしまう。


 小走りで翁の後を追う2人に、たきが声をかけた。




「傘をさすってのは、お前ら人間にとってはいい防衛になるかもな」

「…え」

「レトロコアには誤った認識が蔓延してる。傘招きの呪いも誤認された噂のひとつ」




 たきの言う通り、相変わらず周囲は風架や佳流を避けて歩いている。傘をさす前と大違いの反応だ。



「そうかもしれないって思い込みが、身を守る術になる。思い込んでるうちは、傘招き関係なく傘をさしてた方がいいんじゃないか?」



 その発言が、傘招きを軽視しているように感じてしまった。彼らが真剣に訴えていた呪いを、逆手に取って利用するようなことはしたくない。

 2人はたきに会釈をし、傘を閉じて翁を追った。













 風架と佳流が揃って傘を持っていることに、小尉も傘招きとの接触を察したようだ。だがそれについて何か言及することはなく、我楽多支払いは滞りなく終わった。

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