第16話_呪われた種族②

「イグズィアも…のろわれてるんだって……神に」



 小さな声で自身の種族を「呪われている」と話す。


 非科学的だと思ったが、それは人間の偏見に過ぎない。レトロコアでは、あるいは他の世界では「呪い」は普通に存在するものなのかもしれない。


 風架と佳流は口をつぐみ、錫夏と傘招きたちのやり取りを見守った。





 数秒の沈黙が流れ、雨勿が「そうか」と呟く。


「ならなぜ解らんのじゃ…」

「呪われてる種族同士だから会いたかったの?」

「…ちがう………あのね、錫夏のおうち、かくの里にあるの」

「?そうか」



 錫夏はしゃくり上げながら、会いたかった理由を話し始めた。



「イグズィアは神にのろわれてて、バツの姿が4本足なんだって。でも、神がおこったのってずっと前のことで、錫夏たちのずっと前のおじいちゃんとおばあちゃんがよくなかったんでしょ?なのに錫夏たちにおこるのって、意味わかんないって、茶子ちゃんとか漆漆ななしちちゃんとか蒼一狼そういちろうくんとか、みんな言ってたの。錫夏もそう思うの」



 神やら罰やらフィクションじみているが、風架は頭の中で話を整理する。



 大昔、イグズィアの先祖が神を怒らせ、神は罰として4本足、つまり獣の姿に変えたのだろう。だがその子孫たちは罰だの獣だのは全く意に介さず、奔放に生きている。生きていていいのだと、茶子たちが言っていた。



「でも、そういうの村のみんなだけ……藍藍あいらんちゃんも瑠蓋りゅうがいくんも、人型はよくないって言うの。バツなんだから、人狼じゃなくて狼の姿でいなきゃいけないんだって…おこってくる………錫夏は人型でいたいし、狼の姿にもなりたいのに、ダメって言う。あやまんなきゃいけないのはおじいちゃんとおばあちゃんなのに」


 しかし、奔放に生きていいのだと主張する人狼は〝隠し世の里〟にはおらず、罰を受け入れろ、獣型でいろと日々強要される。それが錫夏には、納得がいかないらしい。先祖の罪と子孫は無関係だから、と。





「里にいるのイヤだから、レトロコアに来たの。だってここなら、里のルールとか関係ないでしょ?いろんな種族があつまるところだから。自分の世界のルールをもってきちゃダメだから、錫夏はレトロコア好きなの。それでね、お父さんに傘招きのこと聞いて、のろわれてるのおんなじだって思って、会いたかったんだよ。のろわれてても自由に生きてるのかなって。そうだったらいいなって思ったの」


 姿を強要してくる里は息苦しく、自分たちの法やルールを無視するレトロコアに逃げている。そしてそんな場所に時折現れる傘招きの存在を知り、茶子たちのように呪いに無関心でいてほしいと思い、捜していた。







 話を聞き終わり、雨勿と露無はお互いの顔を見て、応える。


「だとするなら、会わん方がよかったじゃろうな。私たちの往く末は錫夏のほしい答えではなかろう」

「僕たちは死ぬまでと生きて、万年をかけて罪の赦しを乞うんだ。この呪いが解けないということは、神様の赦しを得られていないということだから」



 露無が話し終わった時、5人の傘にポツリと雨が落ちた。雨はすぐに勢いをつけ、ざあざあと降り注ぐ。

 雨勿は「雨に絶対に当たるな」と語気を強め、3人の動きを制す。



 この雨が、傘招きが受けた呪いなのだと露無は言う。


 彼ら傘招きは、清めの雨に当たると浄化されてあの世へと行くらしい。聞こえ良く言っているがつまり、肌に雨が当たれば、皮膚が爛れて骨まで溶けていくのだという。

 彼らの世界の神は「罪と関わった者」すら区別しない。罪人である傘招きと接した人や動物も〝罪〟と見定め、怒りの矛先を向ける。

 雨に当たれば彼らと同様に死んでいく。



 傘招きという種族には、大した戦闘力はない。それこそ人間と大差ないほど。だがレトロコアの客商人は、どんなに隙だらけでも傘招きには絶対に手を出さない。なぜなら、彼らと関わった瞬間に呪われ、雨に殺される可能性が極めて高いから。

 だからレトロコアの者たちは傘招きを避け、近寄らないのだ。そしてそれを解っているから、傘招きは他者との接触を極力控え、万が一関わってしまった時の〝お詫び〟として、清めの雨を避けるための傘を常備している。




〝傘招きには近寄らない〟



 レトロコアの暗黙の掟なのだ。





 人狼族の大人はよく分かっている。異世界の住人にまで呪いを伝播させてしまう、傘招きという種族の危険さを。




「錫夏は納得いかないのかもしんないけど、駄目なんだ。僕らと関わるなと言った大人は正しい」

「………」

「里と…その周辺の皆の、呪いに対する考え方はそっちでやってくれ。ここはレトロコアだ。多様な価値観が集う……それは、罪に対する考え方だって同じなんだよ」




 そう言うと露無は、雨勿を促してその場から離れた。去り際、風架と佳流に「この雨が完全に止むまで傘をさしていろ」と念を押し、そして、去っていく。

 彼らが歩き始めると、まるで反発する磁石のように人々は距離を取って歩いた。




 雨に殺される種族。


 彼らから発される言葉は孤独に溢れていて、望みのない寂しさを感じた。死んで尚、罪や呪いから解放されないのではと悲しくなる。




 佳流は闇夜に降り続ける雨を見上げ、傘で見えない錫夏を見下ろした。声をかけると、何かを話している声が聞こえる。

 腰を曲げて傘の下を覗き込むと、その大きな灰色の目から大粒の涙を流していた。「会わない方が良かった」という言葉が、自身の意見を否定されたように感じたのだろう。




「錫夏ちゃん…」

「っ………ちがうもん……錫夏たちわるくない……神とかしらない…神なんていないもん……!茶子ちゃんたち言ってたから…っ………だから…わるくない…!好きな姿で………いいって……!」




 地面にしゃがみ込み、とうとう泣き出してしまう。佳流は錫夏の傘の上から自分の傘をさし、頭を優しく撫でて泣き止むのを待つ。


 傘招きの2人が去った方向を見つめ、そして涙を流す錫夏に目を向ける風架。雨勿から貰った傘を握り締め、すぐに力を抜く。




「佳流さん、錫夏ちゃんをお願いします」




 再び手元に力を入れて、走り出した。

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