第16話_呪われた種族①

 ぴょんぴょんと跳ね、傘を持った二人の人型生物に何かを語りかけている錫夏すずか。知り合いかもしれないが、全く知らない人かもしれない。


 先ほどの錫夏の「知らない人とも話したい」という台詞を思い出し、無鉄砲さに心配が止まらない。人混みを抜けた佳流は風架の手を引いたまま、錫夏の元へ向かった。

 歩きやすくなった道を小走りで進み、錫夏の名前を呼ぶ。すると錫夏は、佳流と風架の姿を確認して尻尾を振り、洋装の人物を見上げた。



「あのね、風架ちゃんと佳流ちゃんだよ!人間なんだって」




 洋装に身を包み、深張りの洋傘を持った人物が振り返る。傘で見えなかった頭部がこちらに向いた。

 人の顔ではなく、目つきの悪い大きな猫と目が合い、佳流は思わず立ち止まる。風架も肩を揺らして驚いた。白猫商人の件で、大きな頭の猫に過剰に反応してしまった。だがよく見れば被り物のような質感だ。


「……人間…」


 猫から発せられた声は若い女のもの。傘のシャフトを持つ彼女の手は、人間と大差ない。



 猫女(仮)に釣られ、隣に立っている、和傘を持った和装の人物も二人の方に顔を向けた。その顔は、天蓋てんがいに似た笠で隠されている。






 錫夏は猫女の服の裾を掴んだまま、興奮冷めやらぬと言った様子で話しかける。


「ねぇ!お姉ちゃんたちの名前は?錫夏は錫夏っていうの。ねぇえ!名前は?なんていうの?」



 名前をしつこく尋ねる子狼に対し、なぜか傘を持った二人は何も言葉を発さない。いや、何かしゃべってはいるようだが、それはどうやら言葉に詰まっているような、形にならないものだった。

 声を出せない種族かと考えたが、先ほど呟いた「人間」という単語は聞き取れた。ただ単に、積極的すぎる錫夏に戸惑っているのだろうか。





 3名の様子に風架が考えていると、猫女はため息をつき、観念した様子でゆっくりと膝を曲げた。中腰になって錫夏と目線を合わせる。



「お嬢、私たちが誰かは分からぬか?」

「?」



 女の問いに、首を傾げる。本当に知り合いだったのかと風架たちも首を傾げると、女は呆れたように下を向く。


「大人は何をしとるんじゃ……」

「………」



 天蓋の人物は終始無言で、傘を持たない左手を動かした。背中に背負った筒に手を伸ばし、中に入っている傘の柄を掴んで引き抜いた。


 取り出された大きな和傘を、錫夏の目の前に突き出して渡す。



 戸惑いながらも錫夏は傘を受け取り、「ありがとう…?」と礼を伝える。






 傘を引き抜くために少しだけ露わになった腕には、火傷のようなただれた傷痕があった。猫女の指や手にも、同様の痕がある。





 あまり見てはいけないもののように感じ、風架と佳流は咄嗟に目線を錫夏に移す。



 そんな二人に天蓋の人物は、もう一本の傘を取り出して佳流に渡した。猫女も、背負った筒から洋傘を引き抜き、風架に手渡す。


 この行動に、以前に出会ったてるてる坊主が脳裏をよぎる。ぶつかって転ばせてしまった彼も、なぜか持っていた傘を二人に譲ろうとしていた。







 猫女は錫夏に向き直り、優しい声で話し始める。



「私は雨勿あまなし。こっちの男は露無つゆなしじゃ」

「雨勿ちゃんと露無くん?うん分かった!」



 元気に返事をした子供の姿に、天蓋を被る露無は首を横に振って俯く。そして風架と佳流に目線を向け、口を開いた。



「君らも僕らが分かりませんか?」

「え…」

「……無知ってのは恐ろしいな………」



 独り言のように呟き、柄を握る手に力がこもる。





 猫の被り物を被る雨勿は、傘を持った3名に「傘を広げろ」と言った。困惑していても構わず「早く」と急かして傘をさすことを強要する。

 訳が分からないまま言う通りに、石突を上に向けて生地を広げた。


 しっかりと、空から身を隠したことを確認し、雨勿は話す。




「私たちは傘招かさまねき。神に呪われた忌まわしき種族じゃ」

「傘…招き…」

「十数年ぶりの夜市でまさか、傘招きを知らぬ者たちがいるとはのう」




 ため息混じりに呟く雨勿に、錫夏は笑って言い放った。


「錫夏、傘招き知ってるよ!あのね、レトロコアで一番会いたかったの!」




 その言葉に、雨勿と露無の被り物がゆっくりと、錫夏の方へ向いた。




「今…知ってると言ったか?会いたかったと…?」

「うん!でもね、里のみんなは傘招きにちかづくなって言うの。ひどいよ──」

「──馬鹿者が!!」




 突然、雨勿が大声で怒鳴った。


 被り物で隠されていても伝わるあまりの剣幕に、錫夏は耳を伏せて尻尾を身体に巻きつけた。




「酷いものか…!!むしろ言うことを聞けないおぬしの行動が、大人にとって酷なことじゃ!!」

「…まさか君らも僕たちが傘招きだと知っていましたか?錫夏と知り合いみたいですけど、知っていて目を離したんですか!?傘招きだと分かっていて!!」



 露無も怒りだし、風架と佳流に憤りを向ける。


 怒鳴った二人が怖かったのか、錫夏は持っていた傘を落として佳流に縋りついた。


 風架と佳流は肩をすくませながら首を横に振り、否定する。傘招きだと知らなかったし、そもそも傘招きが何かも分からない。なぜ2人がこんなにも怒りを露わにするのかも。




 その様子に、雨勿は一際大きなため息をつき、錫夏が落とした傘を拾った。



「傘招きを知っているならば解るじゃろう。傘をさしていろ。さしてくれ」

「……だって…すず、すずか、傘招きに会いたかった……錫夏たちと一緒だから、会いたかったんだもん…っ!!」

「…一緒?」



 大きな声で怒られたことがよほど堪えたようで、みるみるうちに目に涙が溜まっていく。

 雨勿は「怒鳴ったことも泣かせたことも謝らんぞ」と言い、何が一緒なのか尋ねた。



「イグズィアも…のろわれてるんだって……神に」

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