第15話_子狼のさがしもの
佳流が振り付けを担当した中学の運動会は、多くの生徒たちは楽しくダンスを披露してくれた。思春期ということもあってか、適当に流す生徒もいたようだが、とにかく仕事はひと段落。
先月の反省を生かし、今月からは一周目の土日に行こうと決めた。一周目で何かしらのトラブルが起きて支払いができなくても、チャンスは3回ある。その方が、心に余裕もできる。
通常の仕事に戻った佳流と共に、風架はレトロコアを訪れた。3周続けて異空間へ行っているとなると、なかなか疲労が溜まるものだ。だが今回は佳流が一緒だ。前回、前々回よりも緊張は和らいだ。
青い提灯の下をくぐり、暗闇を抜けると、金切り声のような悲鳴が耳を
周囲を歩く者たちは、例えば悲鳴のもとへ向かったり。例えば一瞥もくれずに買い物をしたり。
悲鳴と怒号は日常となってしまっているこの光景は、きっと何十回訪れたって慣れないだろう。いや、慣れたくはない。
二人はしっかり手を繋ぎ、荒くれ者の行き交う街道を歩いた。
立ち並ぶ店の様子から、今歩いている街道は「
できれば目つきの悪い
麗しい見目のたきならば、歩いていれば目立つだろう。すれ違う者たちの顔をこっそり覗いていると、小さな獣人が二人の目の前で立ち止まった。
灰色のサラサラの毛並み。白の古びたワンピースを着た幼き獣人は、風架と佳流を見上げ、口を開く。
「お姉ちゃんたち、沙お兄ちゃん知らない?」
これが俗に言う、フラグ回収というやつだろうか。
道ゆく者たちの邪魔にならないよう、しかし買い物客の邪魔もしないよう、少し端に避けて子供獣人の話に耳を傾ける。
風架と佳流は膝を曲げ、子供と目線を合わせた。
「お兄ちゃんがどこにいるかは分かんないや。でも私たちも捜してるの!一緒に捜してくれる?」
沙の知り合いなのかと思い、これ幸いと一緒に歩くことを提案した佳流。守人の誰かに頼らないと小尉に会うことは難しいため、我儘は言っていられない。
風架も同意を示し、沙捜索に加わる。
子供は尻尾を左右に振り、「一緒にさがす!」と佳流の手を握って飛び跳ねた。
思ったよりしっかり強めに握られ、獣人の力の強さに思わず「力強いんだね」と本音がこぼれた。
そもそも、茶子もそうだったのだが獣人というのは体格が大きいらしい。膝立ちすると子供は頭ひとつ分、目線が高いのだ。
おそらく茶子は180センチはあるだろうし、目の前の子供も155センチの風架より頭ひとつ分小さいくらいだ。
というか、この獣人の身体的特徴から察するに、茶子と同じ人狼族ではないだろうか。すでに人狼と会ったことのある風架が耳打ちすると、子供は耳をまっすぐ上に立てて頷いた。
「そうだよ!
聞こえないように話したのに、聞き取られてしまったらしい。彼女たち獣人には内緒話は無意味だろう。
自身を「錫夏」と呼んだ灰色の人狼少女は、二人の名前を尋ねた。
佳流に続いて風架が名乗り、人間だと伝えると、錫夏はさらに尻尾を揺らして喜びを見せる。
「人間?二人は人間なの?すごーい!!
「す…すごいの?」
「だって一番弱いのにレトロコアに来るんだもん!すごいよ!」
無自覚に貶しているのか、それとも事実として述べているだけか。複雑な気持ちになりながらも、沙と向日の名が出たことに関係性に疑問を浮かべる。
彼らは人狼族と仲がいいのだろうか。「お兄ちゃん」と呼ばれるくらいだから、相当親しい間柄かもしれない。
一方錫夏は、よほど人間と会ったことに興奮しているのか、おしゃべりが止まらない。
「あのね、向日お兄ちゃんはあんまり強くないんだけど、でもそれは種族がちがうから、しかたないんだって。沙お兄ちゃんは人間だけど人間じゃなくて、だからすっごく強いんだよ!錫夏たち、弱い人は好きじゃないんだけど、お兄ちゃんたちが大好きだから人間は好き!」
何やら聞き逃し難い情報を出されたが、人間を好きと言ってもらえたことの嬉しさで顔が綻ぶ。きっと風架や佳流にも尻尾が生えていたら、かなりのスピードで左右に揺れていただろう。
いっそのこと錫夏とずっと会話していたいが、そうもいかないのが借金返済の常。
錫夏も沙を捜しているようなので、歩きながら話すことにした。
錫夏を真ん中に歩き、すれ違う者たちに気をつけながら談笑する。
錫夏は人狼族の仲間が大好きなようで、ひとりぼっちが苦手らしい。彼女から聞く話の内容は、全て誰かと一緒の出来事だった。
そんな錫夏がなぜ、一人でレトロコアへ来ているのか。
「ひとりでレトロコアに来るのは危ないですよ」
風架がそう言うと、錫夏は首を傾げてキョトンとしていた。
「あぶなくないよ。レトロコア、別にこわいとこじゃないもん」
子供ゆえの無敵感というか、危機感のない言葉に思えた。錫夏は続けて言う。
「あぶない人はいっぱいいるけど、あぶないところじゃないよ。あぶないって思うからそういうふうになっちゃうんだよ」
場所ではなく、危険なのは人。
それはそうかもしれないが、結局危険なことに変わりはない。危なくない場所を危ない場所にしているのは人なのだ。
来るならば、せめて大人と一緒の方がいい。そう助言すると、錫夏は「フウカちゃんも同じこと言うんだね」と頬を膨らませた。なんの話だろうか。
「お父さんも
「…知らない人とお話するのは、私もダメだと思います。危険な人かもしれませんよ」
大人たちの心配と子供の危機感は、人間でもすれ違うものだ。人狼とて変わりはないらしい。
と思っていたら、錫夏は唸り声を上げながら反論した。
「ちがうもん!そうじゃない!レトロコアはいろんな種族があつまる場所でしょ?いろんな人がいるから、錫夏たちのルールを知らない人がいっぱいいるの!だからレトロコアに来たいの!でも大人がいたらおこるもん!!人型になるなって!レトロコアでも言ってくるのはよくないって知ってるもん!」
地団駄を踏んで耳を伏せる。
獣のように唸られたことで若干の恐怖を感じたが、子犬と大差ない剣幕だったため、落ち着かせようと宥める。
錫夏が口にした「人型になるな」という、大人からの言葉。もしかしたら、根深い何かがあるのかもしれない。
俯く錫夏が呟いた。
「翁くんはそんなこと言わない…」
「え?」
「好きにすればいいって言ってくれるもん…」
まさか翁とも交流があるとは思わず、佳流と目を合わせていると、垂れていた錫夏の耳が立ち上がった。そして一目散に駆け出していく。
何が何だか分からず、放っておくわけにもいかないため慌てて追いかけた。子供だからなのか、それとも人狼だからなのか、足が速くてみるみるうちに錫夏の姿が小さくなっていく。
運動神経の悪い風架はまだしも、佳流も子供に追いつけないでいた。
人混みのせいであっという間に錫夏を見失い、右往左往していると息切れした風架が追いついてきた。どちらもひとりにはできず、佳流は風架の手を引っ張って小走りで人混みをすり抜ける。
少し進むと、なぜか街道は開けていた。敢えて皆が〝そこ〟を避けているように歩き、まばらに人が行き交う。
誰かが喧嘩しているわけではない。恐ろしい魔物が寝そべっているわけでもない。
そこにいるのは、洋装と和装に身を包んだ傘をさす人型種族と、彼らの服を掴んで嬉しそうに話しかけている錫夏だった。
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