第12話_あなたの声がなくても①
「あ~あ……降ってきちゃった。折りたたみ傘持ってないよ」
昇降口で空を見上げた女子高生たち。
「こういうとこに女子力が出るんですよー。ねっ!風ちゃん入れてー!」
「アンタも持ってないんじゃん!」
「あはは…三人だと狭いかもしれませんよ」
二人の少女は、風架に抱きついて相合傘をねだった。風架は快く受け入れ、二人の友人と共に仲良く下校する。傘の所有者である風架を真ん中に、雨空の下を進む。
「あれ?
3階の音楽室から聞こえてくる楽器のチューニング音に、吹奏楽部である百花が下校していることに疑問を持つあかり。
そんな彼女に百花は、「やれやれ」と大袈裟なジェスチャーをした。
「何言ってんのあかりちゃん、来週からテストだから休みなの」
「でもやってる生徒いるよね?楽器の音聞こえるじゃん」
「やりたい人はやっていいんだよ。なんか暗黙の了解的な感じでテスト日じゃないなら部活やるのが当たり前!みたいな空気あるけど、そんなルールないからね。明言されてないし。私は休んでいいなら休みたい!でもテストは嫌い!だから風ちゃん!今回も助けてください‼︎」
両手を合わせ、風架に頭を下げた。しっかり腰を曲げた〝お願い〟のせいで、背中やリュックが雨に打たれてしまっている。今度はあかりが「やれやれ」とため息をついた。
風架は笑顔で了承しながら、百花の手を引いて傘の下へ入れる。
「夏休み明けは気が抜けてしまいますからね。一緒に頑張りましょう」
「風架は百花に甘いって。一学期の中間と期末も手伝ったんでしょ?」
あかりが厳しい意見をぶつけると、百花はドヤ顔を向ける。
「残念でした、ちゃんとワイロは渡してるんだなぁ。父のお土産、ヨーロッパ諸国の紅茶」
「シンプルに羨ましい」
一学期のテストの期間は頻繁に風架の家や百花の家で勉強会を開き、紅茶を胃に流しながら公式や年号を頭に叩き込んでいたらしい。おかげで味が分からなかったと、百花はなんとも勿体無い感想を述べた。
「風ちゃん家で三人で勉強会しようよ。ね、いい?お茶あるから」
「はい、大丈夫ですよ」
「なんで学校に紅茶持ってきてんの……計画的犯行」
「私のやる気を犯罪にしないで」
弱まった雨を小さな傘で受けながら、風架、百花、あかりは
居間からは文字を書く音と紅茶を飲む音、そして百花の唸る声が聞こえていた。風架、あかりは黙々と課題を進めているが、どうやら彼女はそうもいかないらしい。高校一年の一学期の中間テストに苦労していれば、さらに苦しいのだろう。
「風ちゃんセンセェ…」
「一時間は自力で頑張るって言ったでしょ」
早くも根をあげた百花を一瞥もくれずに鋭く制し、ページを捲る。あかりの注意に項垂れて渋々問題と向き合う百花だが、数分経って再び風架に助けを求めた。
「風ちゃん先生…!」
「ダメだってば百花!あたしだって風架に聞きたいとこあるけど頑張ってんだから‼︎」
「じゃあもう聞いちゃえば良くない?勉強会っていうのは解らない問題を後回しにするんじゃなくて解らないって思った瞬間に質問するのが正しいやり方だと思います!テストじゃないんだからさぁ!」
「それはそうかもしんないけど、それじゃ風架が質問攻めにあって自分の勉強が進まないじゃん!」
「ゥぐう……」
言い争う二人に、風架は苦笑いしながらシャーペンを置いた。
「私のことは気にしないでください。それに教え合うのは一つの勉強法であり、かつとても効率がいいんですよ。教えるには自分が充分に理解している必要がありますから、お互いが勉強になります。頭にも入りやすいと思いますし…」
風架が自分側の意見だと分かり、百花は再びあかりにドヤ顔をして煽って見せた。その顔に腹が立ったあかりは自分の教科書で百花の頭を叩き、早速自身が解けなかった問題について風架に質問した。
先を越されてしまった百花だが、あかりが質問している問いも解らないものであったようで、おとなしく解説に真剣に耳を傾けている。
勉強会という名の風架による授業がひと段落つき、冷めた紅茶を飲み干して二番煎じの紅茶を淹れなおす。
あかりの提案で、砂糖や牛乳を入れて今度はミルクティーとして楽しんだ。
ミルクティーを飲みながら、吹奏楽部の先輩が怖いとか、隣のクラスの子に貸した教科書に折り目が付いてて嫌な気分になったとか、日常のどうでもいい会話をダラダラと話す。
基本的に自分から話題を出すことが苦手で、かつ面白い話もできないため、いつも風架は聞き役に回る。会話が好きな百花やあかりには、ニコニコと話を聞いてくれる風架と相性がいいようだ。
しかし、いつも自分たちの話を聞いてもらっているという自覚があるあかりは、退屈かもしれないと思い風架に話を振った。
「今度さ、試験終わったら遊び行こうよ。風架はどこ行きたい?」
「そうですね……あまり外に遊びに行かないので、思いっきり遊べるところとかどうですか?」
「いいじゃん!アスレチック行きたい」
風架の提案に百花が賛成するが、あかりは「ちょっと待った」と止めた。
「あたしらは楽しいかもしんないけど、風架は運動苦手じゃなかった?もっと室内で遊べるとことかさ、たまには…ほら、美術館とか…」
「えっ?美術館楽しい?」
アートがよく分からない百花は、美術館の提案に難色を示す。
「ああいうのって理解できる人が行くとこでしょ。あかりちゃん分かるの?」
「いや分かんないけど…」
分からない場所に行って何が楽しいのか。そう主張する百花に反論できず、しかも風架も芸術の感性については微妙なため、美術館は却下された。
結局、室内レジャー施設に行くこととなり、日にちは後日、三人の予定を照らし合わせることで決定した。
勉強会も終了し、二人は風架のアパートから帰宅する。
百花が先に階段を降り、あかりも後に続く。その時、階段の手すりに掴まりながら、玄関の外に出て見送る風架に声をかけた。
「元気?」
「…え?」
「や、なんか…いつもより百花に甘々だからさ!嫌なことあったのかなって。ほら、川にスマホ落としたって時も、連絡取れなーいってごねた百花にわざわざ…ほら、カナレさんだっけ。スマホ借りて電話してあげたんでしょ?毎日会えんのに百花がうるさいから」
後頭部を掻き、言葉を探しているように独り言を呟くあかり。彼女の気遣いを感じ、風架は黙って次の言葉を待った。
「嫌なことあったら…三人で一緒にお泊まり会とかしよ!DVD見たりゲームしたり、朝まで遊ぼ。3年になるまでは遊び尽くしたいじゃん」
「……はい。ありがとうございます」
決して「話してくれ」とは言わない優しさに、風架は心からの感謝を伝えた。
一歳下に弟がいるというあかりは、姉気質なのか風架や百花を気にかけてくれている。
「私に内緒で内緒話…⁉︎寂しいっていうか、辛い。いないとこでやってくんない⁉︎」
「そう内緒話。もう終わったからいい」
降りてこないあかりを迎えにきた百花により、内緒話は終了した。
風架は微笑んで「三人で遊べる日を楽しみにしている」と二人に伝えた。
レトロコアへの提灯を見るたびに思う。この日常が、とても貴重でかけがえのないものなのだと。
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