第一章

第10話_夜市

 灯りが消える。


 我楽多市の商人たちは次々と店じまいに取り掛かった。そして自分の店を覆い隠すように、一枚の大きな布を被せる。

 やがて祭りの出店のようだった街道から、一本の道を残して店が消えた。神隠しにあったように、忽然と。



 しかし再び灯りが灯ると、何も無い場所から、暖簾をめくるような仕草をした者たちの手によって次々と店が現れ始めた。





 奇貨市が始まる。





  ***





 どん と肩が触れた。



「申し訳ございません」


 深張りの派手な傘を持った女が謝罪を口にする。このレトロコアで、誰かに非を詫びるとは珍しい。


「傘をどうぞ」


 骸骨の被り物を被る女は、背負っている筒の中から同様の傘を取り出し、差し出した。

 彼女が傘売りではないことは知っている。



「いらねぇ。必要だろ、とっておけ」



 男は贈り物を断った。

 骸骨の女は大きな頭を下げ、人混みの中に消えた。ああいった類の者は、数こそ少ないものの昔から存在する。

 フードを頭に深く被せ、男は歩を進めた。




 しばらく歩くと、前方から見知った顔が近づいていることに気づいた。裾の長い黒の上着をまとう、フードを被った白髪の人型種族。

 男が何か言う前に、白髪の者が声をかけた。



「こっちはダメだ。災厄が来る」



 男とも女とも区別のつかないその声は、鐘の音のように通る。整った顔立ちに周囲にいる客は足を止めるが、本人も男も気に留めない。


 男はため息をついた。


「あんたにとってはそうでしょうね」

「そっちから行く方がいい。戻れ」

「効率悪い…」

「おれの機嫌が悪くなるより効率の方が重要か?」



 うだうだと文句を言い合いながら、来た道を並んで歩く。




 小綺麗な衣装に身を包む商人たちは、口角を上げただけの笑みを浮かべて接客をしている。あれが欲しい、これが欲しいと、札束や宝石を握る客たちを相手に、少しばかり丁寧な対応で。

 揉め事の多い我楽多市とは違い、ここは多少なりとも穏やかだ。嘘が原因で喧嘩は起こるから、掟で禁止されているだけでこんなにも街道は歩きやすい。



 そんな敷居の高くなった〝奇貨きか市〟に、見覚えのある二人組が歩いていた。

 白髪の人物は立ち止まり、おもむろに上着のポケットに手を入れ、木製の円盤を取り出した。縦に2回振って似顔絵の書かれた板を確認する。


「風架と佳流だ」


 隣の男にも絵を見せ、彼女たちに近寄った。
















 三度目のレトロコアは、幾分か周囲の雰囲気は落ち着いているように感じた。周りを見る余裕ができたのか、ということはこんな恐ろしい場所に慣れてしまったというのか。


 尚も震える足で、どことも分からない街道を歩いていると、不意に声をかけられた。

 そこらにいる客かと思われた白髪と黒髪の二人組は、自分たちを「風架と佳流」と言い当てた。名前を知られていることに驚きと警戒心を抱き、後退る。

 すると、白髪の者は少し笑い、被っていたフードを取った。


「おれは百薬ひゃくやく街道の守人だよ」


 たき と名乗った白髪の者は、隣で風架たちを睨んでいる黒髪の男を「比良坂ひらさかいさご」と紹介した。彼も同様に、百薬街道の守人だという。


 しかし名乗られても依然として警戒は解けない風架と佳流。以前、リアツィアとミセラという二人組の守人に怖い目に遭わされたのだ。目の前の二人だって簡単に信用してはいけない。




 そんな不信感を全面に出していると、たきは呆れたように笑って言った。

 その微笑みに一瞬だけ見惚れてしまう。



「翁か小尉に会いに来たんだろ?翁を呼ぶからここで待ってろ」


 そう言うと、左耳につけている黒い機械を操作し始めた。

 翁や、リアツィアやミセラも同様の機械で誰かと連絡を取り合っている様子から察するに、あれは守人の通信手段なのだろう。




 たきが翁に呼びかける間、風架と佳流は目つきの悪いもう一人の守人に怯えていた。

 優しげなたきとは裏腹に、眉をひそめて終始こちらや周囲を睨む比良坂沙。フードを被っているため余計に怖く感じる。


 縮こまっていると、連絡がついたらしいたきが沙と人間二人の様子を見て笑った。

 仲良くする必要はないが、あまり怖がらせてやるな、と沙に言うと、彼はますます眉間に深く皺を刻む。


「もともとこういう顔です」

「そうだったな」



 二人のやり取りから、たきは沙の上司のような立ち位置にいるのだと推測する。向日むかいが紹介したように、守人にも「隊長」や「副隊長」といった階級があるのだろう。





 翁を待つ間、風架はたきに「百薬街道」について尋ねた。

 簡潔に「毒や薬を売っている街道だ」と返答があり、逆に、レトロコアや夜市についてどこまで知っているのかと質問される。

 恐る恐るなにも知らないのだと答えると、たきは「かわいそうに」と哀れみなのか同情なのか、そう呟いて教えてくれた。




 夜市には5つの街道が存在していて、一つの道につき2種類の顔を持つ。



 本来の力を発揮できない壊れたものや、単純に安いだけの品物の総称を、レトロコアでは〝我楽多がらくた〟と呼び、我楽多市で売られている。


 生き物が売られる〝禽獣きんじゅう街道〟。毒や薬が売られる〝百薬ひゃくやく街道〟。変身薬や透明薬といった、毒や薬ではない物が売られる〝魔法薬まほうやく街道〟。草花や樹木、木の実などが売られる〝植物しょくぶつ街道〟。そして、それら全てに該当しないその他の品が売られる〝爾余じよ街道〟。質屋や服屋なんかも爾余となる。



 上記の5街道は4日を過ぎると、また別の商店街へと様変わりする。店は閉じられ、我楽多商人と共に忽然とその場から姿を消し、代わりの店々が軒を連ねはじめる。


 41万1以上の商品が売られる高級街、奇貨きか市。

 我楽多市でいう爾余街道に位置する〝稀物まれもの街道〟。年季の入った旧い品が売られる〝骨董こっとう街道〟。宝石や装飾品などといった美しい物が売られる〝珠玉しゅぎょく街道〟。知性を持たない珍しい獣や特殊な力を有する種族が売られる〝鳥獣ちょうじゅう街道〟。神秘さ、希少さ、有する力の強大さ、全てを兼ね揃えた種族が売られる最高級街道、〝霊妙れいみょう街道〟。



 計10種の街道を「夜市よいち」と呼び、夜市を含めたこの空間全土を「レトロコア」と呼ぶ。





 そして「守人」とは、レトロコアを守る掟の番人のような組織で、四市よいち家という貴族が率いている。

 翁はその中でも相当偉い位置にいるようで、「風架と佳流を守れ」という、掟に一切関係のない指示を通せるのも、彼が四市家であるからだという。


 私物化されているのではないか、という風架の疑問に、たきは「その通りだ」と同意を示した。

 守人は四市家が興した部隊。トップにいるのも彼ら貴族だ。その気になればレトロコアを支配するのも容易いだろう。だがそれをしない、できない理由があるのだ。




「たき」




 ここまで話したところで、連絡を受けた翁が到着した。

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