第8話_来ないで!

 今日も今日とて、我楽多市は喧騒が止まない。しかし今回の揉め事は、中心にいるのは珍しく人間だった。

 人間だったが、人間ならば、そう長いこと続きはしないだろうと野次馬たちは野次を飛ばしながらコソコソ話す。


 種族が露見しそうな二人は、自分らに迫る複数の異形に必死の抵抗を見せた。


「来ないで‼︎」



 風架を抱き寄せながら、空いた腕で捕えようと迫り来る幾本の手を振り払う佳流かなれ


 大きな檻に入れられ、明日の自分は肉片になっていたかもしれなかったあの日。フラッシュバックして恐怖を感じ、風架の頭を掴もうとする腕を力の限り押し返した。

 その際、力を入れすぎて強く引っ掻いてしまった。


 脊髄反射で手を引いた〝捕獲者〟は、怯えた目で見上げる女二人にニヤリと口角を上げた。



「今この場で細切れにしてやろう。何の種族かはしらねぇが腹は膨れるだろうな」

「おい、俺の取り分は?」

「勝手に持ってけ」



 完全に目をつけられ、周囲は野次馬によって囲まれている。逃げようにもこの一本道では追いつかれてしまうだろう。

 最後の抵抗として風架は、手首にぶら下げていた伊舎堂いしゃどう家の紋を掲げた。そして、自分たちが小尉の知り合いであることを伝え、危害を加えられている現状に意を唱える。

 しかし存外、木札を見ても彼ら〝捕獲者〟は狼狽える様子を見せず、それどころか鼻で笑う。


「どうせ拾ったか買ったかだろ」

「金持ちか?金目のモン寄越しな」



 邪な笑みを絶やすことのない彼らを見て、伊舎堂家の紋とやらは何の効力も持たないただの木の板なのかと、風架と佳流は目に涙を溜める。


 守ってくれると言ったのに。


 貴族の紋とはただの権威の象徴であって、自分たちの命を絶対に保証してくれる物ではないようだ。




 絶体絶命だと目を瞑ったその時、



「通るよー。道を開けてね」



 呑気な、しかし凛と通る声が喧騒を突き破って届いた。

 密集していた人混みは次第に左右に別れ、作られた道を歩いて現れたのは、赤色の髪に毛先が青みがかった、ヒッピーバンド頭に巻いた男。そしてオレンジ色の髪に、こちらも同じく毛先が青みがかるヘアバンドを頭に巻いた男。


「チッ、守人もりとか…」


 誰かが呟く。


「守人…?」



 民族衣装のような緑の服に身を包む二人の男のうち、ヘアバンドを巻いたオレンジ髪の男が〝捕獲者〟に話を聞いていた。何やら文句を言われているようだが、風架は内容を聞き取る余裕もない。

 とりあえずは死が遠のいたと分かり、安堵する。すると、ヒッピーバンドを巻いた赤髪の男がこちらに近づき、しゃがんで目線を合わせた。



「伊舎堂家の紋の所有者が襲われてるって聞いたけどー…キミらで合ってるよね?」

「は…はい…‼︎そうです……っ!」



 彼の目線は風架の手首に移る。風架は何度も頷き、やっと理解者が現れてくれたことに涙を流した。

 しかし、その後に発せられた台詞によって絶望に叩き落とされる。



「どこの店で買ったの?それとも拾ったのかな」



 〝捕獲者〟と同様の疑いをかけられたことに唖然とし、咄嗟に否定すらできなかった。


「たまに出回ってるんだよ、それ。伊舎堂家と無関係の者が買うことができるし、落ちてることもあるみたいだよ。運がいいね、キミたち」

「ちがう!もらったの!買ってないし拾ってもいないよ…‼︎小尉からもらった…!」


 佳流の必死の反論にも、赤髪の男は動じない。


「貰った証拠はないだろ?拾った証拠も今のところないけど」



 拾っていないし、購入したわけでもない。貰った事は確かだというのに、それを証明しなければいずれ自分たちは食糧と成り果てる。

 小尉か翁か、彼らと会うことができれば証言してくれるのに。



「おい、もういいだろ守人共。そいつらは俺らの獲物だ」

「ダメだよ、万が一があるから。キミら、話を聞きたいし連行させてもらうよ」



 もはや抵抗する力も残っておらず、自分たちはこれから殺されるのだ思うと恐怖で全身が震えた。





 オレンジ髪の男に二の腕を掴まれ、強引に立たされる。〝捕獲者〟たちから愚痴や暴言が飛び交うが、それすらも耳に届かない。


 盛り下がった野次馬たちはこの場を離れ、広くなった道をフラフラと歩くと、誰かの声が聞こえた。



「やっぱり、あの絵の人たちだ」



 何の話かは分からない。おそらく隣にいる誰かに話しかけているのだろう。

 そう思っていると、赤髪の男とオレンジ髪の男が足を止めた。必然的に風架と佳流も立ち止まる。


 こちらに歩き寄ってきたのは、黒い髪をハーフアップにまとめた糸目の男。人懐っこい明るい笑顔が何故か安心した。こんな状況だからだろうか。




「知り合い?」

「いいえ。でも俺もリア隊長たちも知ってなきゃダメな人たちですよ」


 リア隊長 と呼ばれた赤髪の男は首を傾げる。



 糸目の男は服のポケットから木製の円盤を取り出し、縦に2回振る。すると円盤の中からさらに木の板が飛び出した。



「翁隊長から連絡あったでしょ。小尉サマの友達だって」



 その木の板には絵が描かれていて、よく見ると風架と佳流の精巧な似顔絵だった。まるで写真のようで、風架は目を丸くする。いつ、こんな写真を撮ったのか。


 糸目の男は円盤をしまい、にっこり微笑む。


「全隊に配られたけど、もしかして見てないんですか?連絡も聞いてないとか?どこぞの隊長みたいに死んでたんですか?」



 捲し立てるように詰められる男二人は、バツが悪そうに後頭部を掻いた。

 やがてオレンジ髪の男が、片耳につけている黒い機械を操作して誰かと連絡をとり始める。



 糸目の男は風架と佳流を見下ろし、「ごめんね」と謝った。


「怖がらせたみたいだね。俺らは今のところは危害を加える気はないから安心して」


 そう言って両手をヒラヒラと振り、敵意が無い様を表す。



 この男が何者なのか全く分からず、助けてくれたのかすら判断ができない風架と佳流。

 いろんな感情がごちゃ混ぜになり、涙をぼたぼたと溢しながら、風架が尋ねる。


「あなたは…だれ、ですか?」


 男はまた微笑んだ。



「俺らは守人もりと四市よいち家が率いる警備隊だよ。あの人らはリアツィア隊長と、ミセラ副隊長。で、俺は東童とうどう向日むかい。ただの守人」


 それぞれに指を向け、赤髪の男をリアツィア、オレンジ髪の男をミセラ と紹介し、最後に名乗る向日。




 混乱する頭で何が起きたのかを整理する。守人と呼ばれる警備組織が自分たちを庇ってくれたのか。それはつまり、紋は譲り受けたものであることを信じてくれたということか。


 向日は風架と佳流の頭に優しく手を置いた。



「風架と佳流だよね?翁隊長から話を聞いてるよ。だからもう大丈夫」



 その言葉と優しい声色に、風架は膝から崩れ落ちた。肩を震わせ、両手で顔を覆って泣いた。

 佳流は風架の肩を抱き締め、一緒に涙を流す。




 そこへ、ミセラからの連絡を受けた翁と話を聞きつけた小尉が到着した。大まかな状況説明を受け、翁はリアツィアとミセラに軽く注意をした。二人は不機嫌そうに返事をしてその場を去っていく。


 落ち着いて話ができる場所へ移動するため、風架と佳流は小尉たちについていった。その際、向日に感謝を伝えると、彼は笑って手を振ってくれた。

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