第6話_取り留めのない話

 よく晴れた平日の昼下がり。風架は窓際の席に座り、頬杖をついて空を眺めていた。




 あの日、佳流かなれと共に〝レトロコア〟という謎の空間に迷い込んでしまった日。

 トンネルを抜けた先にあったのは、近所の廃れた神社だった。二人は神社の鳥居から出てきたような位置にいて、振り返っても暗闇やトンネルはなかった。


 あれは全て夢だったのではないか。そう思いながら帰ると、家族にひどく心配された。聞けば、風架と佳流は丸一日帰ってこなかったらしく、今日も帰ってこなければ行方不明届を出されていたところだったらしい。

 佳流は買い物袋や財布等を失くし、風架に至っては制服に血を垂らしてスクールバッグも持っていないため、すぐに帰ってきていたとしても変わらず心配されただろう。



 近くの森で猪に追いかけられた、という佳流の明らかな嘘でその場は誤魔化した。だが制服と失くした教科書類は誤魔化せず、教科書は買い直しとなった。



 肘部分に穴の空いたブレザーは佳流が直してくれたため、問題なく着れるのだが、先月から新入生で新品の制服だったため、少し残念に感じる。だが、仕方がないことだ。無事に帰れた証拠でもあるため、大事に着ようと決めた。






 レトロコア。夜市よいち。そしておきな小尉こじょうという、謎の仮面二人組。

 疑問は次から次へと溢れ、授業もあまり集中できずにいた。


 そんな終始ボーッとしている風架に、背後から迫る影が二つ。



「やっばいよ風架!購買部の近くのトイレでGが出て大パニックになってた!」

「お金投げて逃げちゃった…!これ窃盗にならないよね?投げたけどお金払ったし」



 同じ1組に在籍する友人、あかりと百花ももかだ。

 風架は机に広げたままの教科書とノートをしまい、代わりに弁当箱を置く。


「ちょっと微妙なラインかもしれませんね…今もその…虫は近くにいるんですか?」

「怖すぎて秒で逃げたからどうなったのか分かんない。写真撮るバカがいたから余計に見えなかったし」


 毒づくあかりは自分の席の椅子を持ってきて、風架の席の近くに置いてどっかり座る。百花は隣の席の椅子を移動させ、買ってきたメロンパンを食べるかどうか悩んでいる。


 二人と一緒に昼食を食べるため、風架も弁当箱を開けた。佳流の手作りだ。




「もう体調良くなった?」


 しばらくの歓談の後、あかりが尋ねる。3日ほど学校を休んでいたため、心配してくれているようだった。

 すっかり元気だと伝えると、あかりは「よかった」と呟く。


 そして未だに袋を開けられない百花からメロンパンを奪い、勢いよく開けた。


「あ゛」

「お金払ったんだから食べていいに決まってるでしょ」

「あかりちゃん見てなかったの?私お金ぶちまけた挙句逃げたんだよ?」

「見てたわよ。ちゃんと払ってたからへーきへーき。それでも嫌なんだったらその袋持って今から払いに行けば?」

「倍払うことになるじゃん!」

「払った自覚あるならいいじゃん」



 相変わらずのやり取りを苦笑いしながら眺める風架。



 あかりは最近知り合った、高校初めての友達だ。百花とは中学が同じで、受験のために何度も勉強会を開いた仲である。

 百花が先にあかりと仲良くなり、自然と三人で集まるようになった。


 内気で人見知りなため、高校では友人はできないかもしれないと思っていた。明るい百花のおかげであかりとも仲良くなれて、新しい生活を楽しく感じれる。




 二人といる間は、レトロコアのことを忘れられた。







  ***






 空には太陽が存在感を示し、梅雨の時期にも関わらず雲ひとつない天気となっていた。


 扇風機は決められた角度で首を回す。




「忘れられないんです……夢にも出てきて、佳流さんが…殺されてしまう………」



 俯き、膝の上で拳を強く握る風架。

 一ヶ月が経とうとしても、あの出来事が鮮明に思い浮かび、悪夢となって襲いかかる。日が経つにつれて夢を見る頻度は増え、それは家族にも心配をかけてしまうほど。


 佳流も同様で、檻の中から見たあの異形たちが、唾を飛ばして自分の価値を叫ぶ姿が目に焼き付いていた。



 入ろうと何度も試みた。だが、足が震えて進めなかった。

 帰り道を外れただけで殺されかけたあの日、あの出来事。青い光がこちらを見つめているようで、風架たちの訪れを待っているかのようでおぞましい。



「夢に見るけど、決して夢ではなかった……この〝伊舎堂家の紋〟は目が覚めても消えてはくれないし、あの路地…あの提灯の光がずっとあるんです」




 路地は通学路にあり、あかりや百花と帰宅することが多いのだが、彼女たちには青い光なんて見えていないようだった。

 見えないならばそれに越したことはないが、自分だけが見えるあの光が視界に入るたび、この世界から切り離されたような、どこに立っているのか分からなくなるような、そんな不安と恐怖に苛まれる。



 毎日が苦しい。





「この木札も青い提灯も現実ならば、私たちが助けてもらったことも事実です。忘れたふりして過ごすなんてできません」

「うん……」

「月に一度訪れるという条件のもと助けてもらいました。反故ほごにして後日、悪夢が正夢になったら嫌ですし…」

「なんか、そんなことできそうだもんね。あそこ」



 力なく笑い、翌週の土曜日にレトロコアに行くことを決めた。

 二人で旅行に行くというていで出発する。




 風も吹かない晴れの6月。日照りが続いたというのに、湿気が肌にまとわりついた。





  ***






「聞きましたか?翁からの連絡」


「伊舎堂家の小尉が絡んでいるそうで」

「また妙なことを…」


〔命令ではなく頼みとありましたね〕


「昔からあいつらの言動は不可解だ」










「翁からの〝お願い〟だとさ」


「友達なんていい報せじゃないか」


禽獣きんじゅう隊長って小尉のコマ使いだったっけ?」


「お願いだから聞かなくてもいいのかな」

「翁が言うなら従うしかねぇよ」







 小尉の友達である人間を、客や商人たちから守れ。なんとも奇妙な〝お願い〟が、夜掟ばんてい守人もりとたちに一斉に届く。




 各人各様の反応を示す中、大きな一室に集まる5名の閑話も、話題は同じだった。

 六角形のテーブルに、等間隔に席に着く。ひと席だけ空けて。



四市よいち家の翁が小尉と共に何やら奸計かんけいを巡らせているとか…」




 5名は冠笠かんがさと呼ばれる笠を被っていた。笠に取り付けられた白い紙で顔を隠し、さらに薄い黒色の生地で360度を覆っている。




伊舎堂いしゃどう、どういう訳か聞かせてもらえないだろうか?」

「私は何も関わっておりません」

「四市家と伊舎堂家が邂逅かいこうすればレトロコアが崩れ兼ねない。過去に其方たちが起こした事件は忘れていなかろうな?」

「関わればろくなことにならぬぞ。翁然り小尉然り、それらに口出す貴様ら然り。相見えただけで崩壊するならばすでにレトロコアは無い」



 2名が沈黙し、3名が口々に話していると、部屋の扉が開いた。

 同じく冠笠を被った小柄な者が入室し、空いているひと席に座る。



「遅いぞ、四市よいち

「お前らが早いんだ。俺が遅れたように見えやがる」




 用意された席に6名全員が着席した。


 レトロコアの最高権力、六家の貴族当主たちが一堂に会し、会議が始まる。

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