第5話_条件
「
「ふーちゃん…!ふーちゃん!」
「よかった…‼︎本当に無事でよかったです…!」
気丈に振る舞っていたが、無事な姿を見たら涙がとめどなく溢れてきた。それは佳流も同じなようで、笑顔をつくってはいるが、上がった口角は歪んでいた。
体感では一週間くらいの時間の流れを感じていたから、この再会に泣かずにはいられない。
風架たちの様子をよそに、
「いくらだった?」
「41万」
我楽多市の最高額という値段に翁は驚き、大丈夫なのか?と怪訝な態度を示す。小尉が上級貴族だから敢えて値段をはね上げたのではないのか、と。
それに対し、佳流の価値は客たちの間でどんどん競り上がっていたことを伝える。風架との約束で佳流は必ず生きて買わなければならなかったから、小尉が自ら41万を出すと宣言した。
貴族が欲しがる商品、と言うだけで価値を勘違いする客商人は多い。小尉が相手なら尚更だ。
彼らと自分たちの温度差に鳥肌が立ちつつ、佳流はなぜ自身を助けてくれたのか、なぜ風架と共にいるのか、お前たちは何者なのかを問う。
「助けてくれたのは本当に嬉しいんだけど、41万ってすぐに出せるお金じゃないでしょ…なんで助けてくれたの?」
「………待ってください…佳流さんを買ったんですか…?」
佳流の話を遮り、風架は小尉に目を向ける。信じられないものを見るような瞳で。
「買ったよ」
あっさり答えた小尉に、風架は怒りを露わにした。
「お金で…っ!佳流さんを買ったなんて、人間は売り物じゃないです!人の道から外れた行為です‼︎」
「いいのふーちゃん。助けてもらったんだから怒らないで」
救出された佳流に宥められ、次の言葉に詰まる。
助けてくれると言うから、白猫に話をつけて佳流を解放したのだと思っていた。しかしそうではなく、ただ佳流という人間を購入したのなら、自分は小尉たちに「佳流を買ってくれ」と願い出たようなものだ。
風架の言い分に、小尉は応える。
「さっきも言ったけれど、人間は売りものなんだよ。人間だけではなく、イグズィアや魔法族、
郷に入ってはなんとやら。そんな
知らない場所の知らないルールを押し付けられたところで、理解して即実行なんてできない。
反論しようにもできず、風架はおとなしく小尉の意見を聞くしかなかった。
静かになったところで、今度は佳流の疑問に答える。
なぜ、佳流を助けたのか。答えは至極簡単だ。
「私たちが君を助けたのは、風架が困っていたからだよ」
「え…」
「私たちは困っている者を見捨てない」
あの時風架が、翁に「助けてほしい」と縋った。だから翁は小尉を呼び、困っている者がいると聞いた小尉は佳流を買った。
風架はなぜか悲壮感に包まれた。純粋な人助けとは思えなかった。〝情〟というものが微塵も感じられない。
しかもこの二人、特に小尉から感じられる圧。肉食獣に狙われているかのような、武器を持った大勢の者に囲まれているかのような威圧感があった。その威圧感は目の前の者たちを「善人ではない」と知らせる警告のようで、自然と手が力を込める。
続いて翁が、自分たちの正体を答えた。
彼らは貴族という存在で、このレトロコアでは最高の権力を持ち、絶対的な強者として君臨している。
41万を簡単に出せたのは、小尉にとって
現状出てきた疑問に答えたところで、本題に移ろうかと言うように小尉が話し出す。
「さて佳流。君の買取金額は41万。プラス700万だ」
手のひらを上に、指先を佳流に向ける。
寝耳に水の金額に風架も佳流も目を見開いて驚いた。我楽多市の最高額は41万ではないのか。なぜ、いつ、700万も増えている?
風架の思考を読んでいるかのように笑い、小尉はほどけそうな三つ編みに指先を持っていった。
「金額が上がり続ければ41万を出す客が数名出てきそうだったんだ。そうなれば商人は、より利益のある客へ売りたいでしょ?だから髪飾りを店に置いてきたんだ。髪飾りの値段は相場は700万。合計で741万」
髪飾りが700万もするのかどうかの確認は、今の風架にはできない。貴族という肩書きが本当ならばそれくらいするのかもしれない。だが、しかし、いくらなんでも唐突な。
小尉はさらに畳み掛けてきた。
「佳流を助けてほしいと頼むから、君に代わり私が買った。それは理解できる?」
小首を傾げる小尉を見つめながら、頭の中を整理して自身を落ち着かせた。そうしないと、なんとも恩知らずで愚かなことを口走ってしまいそうだったから。
佳流を取り戻す方法は、客として店に訪れるしかなかったのだ。
風架の様子を見ながら、小尉は話を続けた。
「つまり君は私に、741万の借金をした」
数秒の沈黙の後、「はい」と風架は返事をした。しかし佳流は、自分を助けるために得体の知れない者から多額の借金をした、という事実に声も発することができないでいた。
小尉が頷き、さらに続ける。
「金を返させてもいいけれど、いらないんだ。代わりに人間の時間軸で一ヶ月に一度、我楽多をひとつ持ってきてほしい」
月に一度、我楽多を持参して小尉を訪れる。
それが、風架に課された条件だった。この契約を交わせるならば、佳流は必ず助けると。そして小尉は約束を守った。五体満足で、健康な姿で、佳流は戻ってきた。
この条件になんの意味があるのかは分からない。それは今、初めて話を聞いた佳流だけではなく風架も同様だ。ガラクタが741万に匹敵するものだとでも言うのだろうか?
「一ヶ月がどれくらいの時間なのかは私たちには分からないから、そこは君たちを信頼するしかないけれどね」
そう言いながら、左の袂に手を入れてゴソゴソと探る。右手に握られていたのは、緑色の組紐が通された正六角形の木の板だった。お守りほどの大きさ、手のひらサイズだ。
胸の前にその木の板を出され、佳流は思わず受け取る。
「きれい…」
厚さは約1センチで、角は全て丸みを帯びている。片面に金魚と柊のような植物の絵が彫られていて、もう片面には何もない。
これは何かと尋ねると、小尉は同じものを風架にも手渡した。
「
これを持ってレトロコアへ来い、ということだろう。レトロコアや夜市での身の安全を保証してくれるものらしい。
「話したいことは済んだけれど、君たちは帰る?」
「か、帰ります!」
「やっと帰れる…‼︎」
食い気味な二人の反応に、小尉は「ついてきて」と言って東屋から出た。無事に、二人で帰れるのだと分かって慌てて後を追う。その後ろを翁が歩いた。
しばらく暗闇の中を歩いて目の前に現れたのは、先ほどいた街道と同じ広さの道。そして左右に在るのは、小屋やテントではなくトンネル。
入り口を青い提灯が照らしているから入り口と分かるが、照らされているのは提灯の周り約三十センチ程度で、中を見てもただただ暗闇があるばかり。奥が見えない。
「ここはトンネル街道といって、全てのトンネルがレトロコアと他世界を繋いでいるんだよ。風を感じたら教えて。君らの世界から吹いている風だから」
その説明を聞き、一番最初に会った子供が似たようなことを言っていたことを思い出す。確かに、すでにいくつかトンネル前を通り過ぎたが風を感じない。自分の世界は風が教えてくれるのかと、妙に納得した。
同時に本当に帰るために道があるのかと不安も感じた。弱種だのなんだのと散々人間を下に見て、帰り道が用意されていないなんてことも考えられる。
しかし、そんな懸念はすぐにはらわれた。風だ。左のトンネルから吹く風が風架と佳流の髪の毛を揺らしている。
二人は互いの顔を見て、勘違いではないことを確認する。
安堵のため息を漏らす様子に、翁が「ここ?」と尋ねた。前を歩く小尉が振り返る。
「はい。風が吹いてます…!」
小尉は帰る前に改めて条件を確認した。一ヶ月に一度、何でもいいから我楽多を持ってレトロコアに来ること。来る時は身を守るために、渡した木札を身に付けること。身に付けなくても構わないが、危ない目に遭いたくないだろう。
風架、佳流は頷く。
眉間に皺を寄せながらも理解した様子の二人に、小尉も頷いた。
助けてくれたことに何度も頭を下げ、二人はトンネルの中を進む。数メートルを歩く姿は確認できたが、すぐに闇に飲まれたかのように見えなくなった。
トンネルの奥を見つめながら、小尉は翁に問いかける。
「
その言葉に翁は動きを止めた。動かすとはどういうことか聞くと、風架と佳流について守人に話し、守ってほしいのだ、と返ってきた。
「彼女らは私の
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