第3話_あなたも売りもの

「助けてください…!」

「…君、種族は?」



 おきな面の青年に助けを求め、数秒の沈黙が流れた後に青年が尋ねてきた。種族は何か、と。

 ポカンと口を開ける風架ふうかに、再度問う。


「種族は何?」

「………に……人間です」


 答えると、翁面の者は「そうか」と返し、言葉を続けた。



「困っているなら助ける。だが人間ならば、私ではなく別の者に頼れ」

「え…?」

「案内する。ついてきて」



 青年はくるりと背を向け、風架から遠ざかっていく。無理矢理連れて行かないあたり、先ほどの白猫や誘拐犯(仮)より倫理観はありそうだ。

 だが立ち上がれない風架をどんどん置いていこうとしている。


 弱々しく「待って」と何度か叫ぶと、翁面の青年はやっと立ち止まってくれた。そして風架の元へ歩いて戻り、何をしているのかと聞く。

 立てないのだと伝えると、彼は風架の二の腕を掴み、強引に立たせた。


「死にたくなければ立て」



 青年の冷たい声色に背筋が冷え、くずおれそうな身体を必死に支えた。

 もはや何を言うこともできず、風架は彼の背中を追うしかなかった。








 翁面の青年は商店街のような賑やかな街道を抜け、前後も左右も真っ暗闇の中をただ歩いた。

 二人の間に会話はないが、青年は右耳に手を当てて何かを話している。彼の右耳には黒い無線機のような機器がついていて、おそらく誰かに連絡を取っているのだろう。


 後ろを歩いていたから気づいたが、短髪だと思っていた青年は襟足がかなり長いようだ。うなじ辺りで焦茶の髪を結っていて、歩くたびに襟足が腰付近で揺れている。




 しばらく歩くと、何かの建物が暗闇からぼんやりと姿を現した。見ると、それは東屋のようだった。その周辺には真っ赤な彼岸花が咲き乱れている。

 土もないというのに、花々は元気そうだ。



「ここで待っていて」


 そう言うと、青年は東屋の壁に立ちながらもたれかかった。


 建物は正方形で、三方に腰掛けがあり、一方は出入りのために壁が造られていない。よく見るような東屋だ。

 座っていいのか分からず、彼は外に出て立っているため、風架も立つことにした。







 どれくらい待っただろうか。


 迷い込んだ変な場所で変な生物に佳流かなれが捕まった。何されるか分からず、最悪の場合殺されてしまうかもしれない。

 助けてくれると言った翁面の青年には本当にその気があるのだろうか。1分でも1秒でも早く佳流を取り戻したいのに、一体自分は何を待たされているのか。



 焦燥感に苛まれ、青年に何か言おうと口を開いた時、青年の翁面が向きを変えた。釣られて同じ方向に顔を向けると、一人の人型生物がこちらに歩いてきていた。

 くすんだ赤と黒の和服に、緑の袴を身につけていて、巫女のような印象を受ける。だが、その顔は小尉こじょうの面で隠されており、不気味な圧を感じた。


 肩まで伸びた少し癖毛の黒い髪は、右の横髪が三つ編みに結われていて、そして巫女服のような格好。見かけだけで判断するのは浅はかだが、女性だろうか。




 小尉面の者は風架と青年の近くまで来ると、青年の方を向いて「やあ」と挨拶した。中性的な声質でますます性別が不明だ。

 青年も同様に挨拶を返すと、小尉面の者は風架に顔を向けた。


「この者だね?」

「ああ。何が理由かは聞いていないが、助けてほしいらしい」


 もしや、青年が言っていた「別の者」が、この小尉面の人物なのか。



 すると小尉面の者は小首を傾げ、自己紹介を始めた。


「やあ、小尉こじょうという。君は誰?」

「私、は…たちばな風架といいます」

「どちらが名前?」

「…風架が名前です…あの、佳流さんを助けてくれるんですか?」

「カナレ?カナレというのは誰かな?」


 風架は小尉に、家族である佳流が謎の白猫に連れ去られたことを伝えた。そして彼女をどうか助けてほしい、と。


「お願いします……!佳流さんを助けてください!私っ、なんでもします!だからどうか…!」


 深く頭を下げた風架に、小尉は「いいよ」とあっさり返答した。

 顔を上げて「本当ですか?」と尋ねると、「うん」と答える。あまりにも軽すぎるが、助けてくれるならなんでもいい。

 さらに頭を下げて感謝を伝えると、小尉は「ただし」と付け加えた。



「条件をつける。構わないね?」

「は…はい!」


 風架は何度も強く頷いた。佳流を助けられるならば何だってする。金をよこせと言われたら人生全てを使ってでも返す。最悪、命を寄越せと言われたって差し出そう。そのくらいの覚悟だ。

 彼女の応えに満足したのか小尉は「ふふっ」と笑い、〝条件〟を提示した。



「───────…」



 提示された内容に、空いた口が塞がらない。何だ、その条件は。そう言いたげに。

 「どう?」と小尉は小首を傾げた。


「………………お…教えてください。その条件の意味は……?」

「知る必要ある?それとも無理?無理ならカナレは残念だけれど──」

「──むっ、無理じゃないです‼︎」


 小尉の言葉を遮って答える。垂らされた糸を掴まなければ、もう二度とチャンスは無いかもしれない。真意は読めないがなりふり構ってはいられない。


 双方が納得した契約に小尉は頷き、「必ずカナレを助ける」と約束した。










 小尉に促され、風架は東屋に腰をかけた。そして小尉も正面に座り、佳流を捕らえた「白猫の商人」について詳細に質問をしてくる。


「模様も何もない猫だね?」

「はい…正面から見える部分には模様はなかったです。背中は見えなかったので分かりませんが…」

四市よいちは分かる?」

禽獣きんじゅう商人にいる。けれど爾余じよ街道でもものを売っているから、カナレが人間ということを鑑みれば爾余として売るのが妥当かな。生きたまま売るのであれば禽獣だけれど…」

「カナレは生きたまま助けた方がいいのかな?」



 四市 と呼ばれた翁面の青年と、こちらに問いかける小尉の話を、「ちょっと待ってください」と言って止めた。




「白猫も言ってたんですが…あの……〝売る〟って…佳流さんを売るってことですか…?」

「そうだよ」




 簡単に言ってのけた小尉に、思わず立ち上がった。



「どういうことですか…?人間を売るなんて何考えて……!人間は売り物じゃないです!」


 すると翁面の青年は、変わらない冷たい声で反論した。




「売りものだよ」





 佳流たち人間に限らず、この世界の全ては夜市にとって、売り買いできるもの。唯一の非売品は貴族のみ。



 風架は言葉を失った。

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