第4話 ユリーナの覚悟

「いくぜ!!」


分身ミズキは太刀魚(たちうお)思い切り振り切る。

すると、太刀魚はまるでゴムのように伸びリサの方へと向かっていく。


(伸びた!?あれじゃあまるで生き物じゃない…!)


向かってくる太刀魚の動きを読み、リサは一歩後ろへと下がる。

獲物を捕らえきれなかった太刀魚はそのままの勢いで地面にぶつかり、そのまま地面に潜り込んだ。


(あんなの当たったら即死ね…)


リサの混乱する頭の中でも、それは理解することができた。


「ふん、なかなか動けるみたいだが…これならどうだ!!」


分身ミズキが太刀魚を握る手を思い切り上に振り上げる。すると、リサの足元の地面にうっすらとヒビが入った。


「下から…!!」


あまりに突然のことで、体は全く動かなかった。

地面から飛び出した太刀魚はリサの体に噛み付く。

大きな口はリサの上半身を挟み込み、鋭い歯がリサの両腕を突き破った。


「ぐぁぁ…!」


「太刀魚は一度咥えた獲物は離さねぇ。さぁ、どうする?」


分身ミズキはリサの方を向きニヤリと笑みを浮かべる。

その笑みを横目に、リサはなんとか逃れようと体を動かす。

しかし、動かせば動かすほど太刀魚の歯はどんどんと腕に食い込んでいく。


「ぐぅ…!」


(まずい…このままじゃ…噛み砕かれて…殺される…。でも…どうせ死ぬなら…!!)


「うぅ…」


リサは剣を握る右腕に思い切り力を入れ、太刀魚の口から引き剥がそうとする。

しかし、抵抗するたび太刀魚の力はどんどん強くなっていく一方だ。


(こんな所で…こんな奴に食べられるくらいなら…右腕一つ失った方が…ましよ!!)


「うぉぉぉお!!!」


リサが力を込め叫んだ時、右手の甲の紋章が赤く光り始めた。

先ほどまでとは違い、体に力が入る。

それに気づいたリサは、思い切り右腕を動かした。

すると、ブチブチ!という音と同時にリサの右腕が太刀魚の口から引き剥がれた。

噛まれていた部分は大きく引き裂け、大量の血が溢れている。


「ぐぅ…抜けた…」


「ほう…自分の右腕を力ずくで抜くとは…。恐ろしい女だぜ…」


リサは感覚の無くなった右腕をなんとか動かし、燃え盛る剣を太刀魚の頭に突き刺した。


「グギャァァア!?」


剣を刺された太刀魚は口に咥えていたリサの体を離し、分身ミズキの手元に戻った。

口から解放されたリサは地面に崩れ落ち、右腕を抑えながら分身ミズキを睨みつけた。


「いやー、すごいね!女の子とは思えないくらい勇ましいや!♪」


ミズキは笑顔を浮かべ、手を叩いてリサを賞賛した。


「太刀魚を破った奴は久しぶりだぜ…ちょっくら見くびってたみたいだなぁ」


「ふん…どうも…」


ハァハァ、と息を整えつつリサは苦しそうな笑顔を浮かべた。


「なら…今度は俺自身が行くぜ」


(まずい…太刀魚からは逃れられたけど…このままじゃあいつらに殺される…!)


分身ミズキはゆっくりとリサの方へ歩いていく。

リサはなんとか逃れようと体を引きずりながら後ろへ下がる。

しかし、逃れられるわけもなく分身ミズキはリサの前に立ち止まった。


「さぁ、今楽にしてやるぜ…!」


分身ミズキはゆっくりと太刀魚を振り上げる。

死を覚悟したリサは、その場で強く目を瞑った。


(助けて…だれか…!!)


ーーーーーーーー


モクバは素早い動きでアランの懐へ潜り込み、アランの腹部へ拳を放った。

鈍い音と同時に、拳はアランの腹部へめり込んだ。


「ぐぁ!!」


腹部へのダメージを受けたアランは、その場にしゃがみこみ嘔吐した。


「おぇぇ…」


「おいおい、さっきまでの勢いはどうしたんだよ。ガキ」


(くそ…あいつさっきの数倍は速くなってる…。それに…紋章が光ってた時より…体が重く感じる…。くそ…!またさっきの…状態になれれば…!)


ハァハァと息を荒げながらも、アランはフラフラと立ち上がった。


「ほう、なかなか打たれ強いじゃねーの。だが、とっとと終わらせるぜ!」


先程と同じく、モクバはアランの懐めがけて素早く走りこんでくる。

今度はしっかりとモクバを目で追い、モクバの放つ拳に合わせ剣を振った。


ガキン!!


モクバの拳とアランの剣がぶつかり合う。

あたりには一度静寂が訪れ、二人は数秒間見つめ合った。

どちらが先に動くのか。

その答えは、わずか二秒後に訪れた。

先に動いたのは、モクバだった。

モクバは剣とぶつかり合っている右手を一度さげ、左手を顔面に向かって放った。


(顔か…!)


それを見切ったアランは、顔を横に曲げモクバの拳を避けた。

しかし、落ち着く暇もなくモクバの拳はアランめがけ飛んでいく。

幾度となく放たれる拳を、アランは剣で弾き返していく。


「ちっ…ガキが…!いちいち感に触る野郎だぜ…!」


モクバは一度後ろに下がり、右手を後ろに下げた。


「いくぜ、"植武(しょくぶ)"・荊(いばら)!!」


後ろに下げられた右腕は、植物のツルのように変化していく。変化した腕からは棘が生え、まるでバラのツルのように禍々しくなった。


「今度はなんだ!?」


「さぁ、この"荊"でテメェを痛めつけてやるぜ!」


そう言った瞬間、モクバは後ろに下げていた右腕を前に突き出した。

右腕のツルは四本に分かれ、四方向からアランへ向かっていく。


「くそ…避けるしかないか…!」


四方向から迫ってくるツルを、アランは次々と避けていく。しかし、ツルは何度も何度もアランの方へと向かっていく。まるで、ツルが自我を持っているかのように。

次第にツルはアランの体を掠めていくようになり、ツルに生えた棘がアランの体を痛めつけていく。


「ハハハ!!果たしていつまで逃げていられるかなぁ!?そのままじゃあ体は痛めつけられてくだけだぜ!?」


(くそ…一度に喰らうダメージは少ないけど…このまま逃げてるだけじゃダメージが増えてくばかり…。隙を見て攻めるしかない…!)


アランはツルを避けながら様子を伺い、隙が出来るのを待った。その間も、ツルの棘はアランの体を掠めていく。


「おいおい、逃げてるだけじゃつまらないぜ?もっと楽しませてくれよ!」


モクバがそう言った時だった。

ツルの動きに、一瞬だけできた隙ををアランは見逃していなかった。


「ここだ!!」


アランは意を決して走り出し、ツルの攻撃から抜け出した。


「何!?」


そのまま勢いでモクバの前まで走り、右腕に向け思い切り剣を振った。

その瞬間、またしてもアランの手の紋章は黄色く光り出した。


「なっ…!まただ…!」


紋章の光は剣をも包み込む。

アランの振った剣はスパッとモクバの腕を切り裂いた。


「な、なんだと…!木で固めたはずの右腕が…!?」


切られた右腕は地面に落ち、まるで枯れてしまった植物のように茶色く、萎れてしまった。

アランは、右腕を切られ動揺しているモクバに向けさらに蹴りを放った。


「なっ…!」


蹴りはモクバの腹に直撃し、その勢いでモクバは民家の壁にぶつかった。


(な、何故だ…!俺がこんなガキに押されるなんて…!)


モクバは頭を抑えながらゆっくりと立ち上がる。


(す、すげー…やっぱ体が軽い…。一体なんなんだ…?これ)


アランは手の紋章を見つめ、考えた。

そんな時、またしてもアランの紋章の光は消えてしまった。


「あ、あれ?また消えちゃったよ…」


この紋章の光はなんなんだろう。そんなことを考えている時だった。

正面を見ると、植物のツルのようなものに全身を覆われたモクバの姿があった。

先程切ったはずの右腕は綺麗に再生している。

白く光る鋭い目は、アランの顔を睨みつけていた。


「な、なんだ!?さっきまでとはオーラが違いすぎる…!」


「クソガキ…調子に乗ったのが運の尽きだと思え…!」


モクバはゆっくりと歩き出す。

あまりの殺気に、アランの体は無意識のうちに数歩後ろへと下がっていた。


(なんて殺気なんだ…!あ、あんなの勝てんのか!?)


ゆっくりと近づいてくるモクバに対し、恐怖からなのかアランは無意識に距離をとる。

そんな状況を動かしたのは、モクバだった。

モクバは姿勢を低くし、地面に手を当てる。

その瞬間、地面から巨大な植物の根が数本、アランめがけて飛び出した。


「で、でかい!!」


一本目の根はなんとか避けたものの、ほかの数本は避けきれず根はアランの体に直撃した。

そのままアランは崖に叩きつけられ、その場に座り込んだ。追い討ちをかけるように、残りの根はアランへと向かっていく。

避けられるわけもなく、根はアランを襲った。

アランの周りに砂煙が立ち込める。


「どうだ…これが俺の本気…百パーセントだ!!」


砂煙が晴れていく。

そこには、全身から血を流したアランが座り込んでいた。

先程までの元気は無く、俯いたまま動く気配はない。


「ハハハハハ!!!ザマァないぜ…!調子にのるからこうなるんだ!クソガキがぁ!!」


モクバは声を荒げ、高笑いした。

その笑い声は、村中に響き渡るほど大きなものだった。


ーーーーーーーー


「アランさん…リサさん…!!」


村長の家の小窓からこっそりと外を眺めるユリーナ。

そんなユリーナの目には、涙がこみ上げていた。


「酷すぎる…なんでこの村に関係のない二人があんな目に会わなきゃいけないの…!」


ユリーナは拳を強く握りしめる。


「そうよ…私は村長の娘。本来なら私が村人達を守らなきゃいけない…。私が山賊達を…止めなきゃ…!!」


震えた体を深呼吸で落ち着かせ、ユリーナはゆっくりと一階に降りる。

そして、頭に白いバンダナを巻き、農作業用レーキを握りしめ家の扉の前に立った。


「私も…戦わなきゃ!!」


ユリーナはゆっくりと扉を開けた。


続く

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