第2話 山賊の長、現る

「広い家ね…」


玄関をくぐると、広いリビングが広がっていた。

かなり広い部屋だが、真ん中にテーブルが置いてあるだけでかなり殺風景だ。


「ユリーナはここで村長と二人暮らしを?」


「えぇ。ただ、最近父は勇者の仕事が忙しくて帰って来る日が少ないんです…。村でまともに戦えるのは父くらいなので村のみんなも父がいない日は不安がってて…。それに、最近獣人族との戦いが起こってて勇者団の方たちもなかなかこの村に来れないそうなんです…」


「そーなんだ…」


「はい…最近は山賊達の活動も活発になって来ててみんな怯えて外にも出たがらないんです」


「山賊…許せないな…」


「さっきの山賊、今度はボスを連れて来るって言ってたけど…大丈夫かしら」


「うーん…あ、そうだ!奴らがボスを連れて来るまで俺たちここにいるよ!」


「え?」


「それで俺たちが山賊のボスを倒せば、奴らも活動をやめるだろ!な、リサ!」


アランはリサの方へ顔を向け、ニコッと笑って見せた。


「…ま、どうせそんなこと言い出すと思ってたわ。ま、いいんじゃない?山賊のボスがどれだけ強いかは分からないけど…」


「で、でも、お二人は旅をされてるんでしょ?それに深い関わりのない村のために危険な役目をお任せするのは…」


「いやいや、問題ないって!どうせ急いでない旅だし!」


「そーよ!それに、目の前で困ってる人を助けられないようじゃ勇者にはなれない!…でしょ?アラン」


「あぁ、その通りだ!」


「お二人とも…本当にありがとうございます!」


ユリーナは目に涙を浮かべながら頭を下げた。


「あ、あぁ、いいって!俺たちが望んでやろうとしてる事だし…」


「そーよ!大船に乗った気でいてね!」


「ぐすん…本当に優しいのね…お二人とも…」


ユリーナは流れ落ちる涙を拭き取り、自分の頬を叩いた。


「そうと決まれば私も全力でサポートします!まずはご飯を食べて体力を回復しましょう!私が作りますから、お二人はそこに座ってて!」


「あ、私も手伝うわよ!ここに泊まらせてもらうんだから!」


「えっ…リサ手伝うのか…?」


アランがそう言った瞬間、リサの鋭い目がアランを睨みつけた。


「なんか文句でもあるわけ?」


「い、いやぁ、偉いなーって思って…ははは」


「ま、あなたとは違って私は心優しいもの。それじゃあユリーナ、準備始めましょう!」


二人はキッチンに向かい、料理の準備をし始めた。

そんな中、アランの頭の中を一つの大きな不安が襲った。


(リサ…あいつは…あいつは…!)


アランはゴクリと唾を飲む。


(あいつは料理がめちゃくちゃ下手なんだ…!)


そう、リサはとてつもなく料理が下手なのだ。

リサの作る料理は料理と呼べるのか怪しいもので、砂糖と塩を間違えたり、大量の食材を適当に混ぜ合わせたりする。

その料理を食べ、アランは何度も死にかけた事があった。


(これはまずい…このままじゃ、勇者になる前に死んじゃうかもしれない…。ただ、今日はまだ救いがある。そう、ユリーナだ!父と二人暮らしの少女…普段から料理を作ってるのはユリーナのはず。そうであれば、ユリーナが味を調節してくれるだろう。ただ、普段ユリーナが料理していないとしたら…。考えるのはやめよう。今は、ユリーナが料理経験者である事を願うのみだ!)


アランは顔の前で両手を合わせ、ただただ祈り続けた。


「美味しいご飯が出て来ますように…」


ーーーーーーーー


「はい!出来ましたよ!」


アランの前に置かれたもの。

それは、紫色をした、異臭を放つ液体だった。


「今日はあなたの好きなクリームシチュー!さ、おかわりもあるからどんどん食べて!」


「く、クリームシチュー!?こ、これが!?」


あまりの衝撃に、アランは言葉を漏らしてしまった。


「…それどういうこと?」


「あ、いやいや、なんでもない…そ、それじゃあ頂こうかな…」


アランは横に置かれていたスプーンを持ち、スープに入れた。


(まずは具を確認しよう…!?)


スプーンですくいあげられたもの。

それは、紛れもなく魚の骨だった。

なぜ魚の骨が!?という疑問を抱きつつも、余計な散策は避けアランはゆっくりと骨を戻した。


「さ、早く食べなさい!」


「心配だな…味、どうだろう…」


(あぁ、これユリーナ普段料理してないな…。クソ、俺の人生ここまでなのか…!)


二人からの熱い視線を感じ、アランはゆっくりとスプーンを口に運ぶ。

あまりの恐怖に、ガタガタと手が震えてしまう。


「どうしたの?手、震えてるわよ?」


「た、体調でも悪いのですか?」


「い、いや、何でもないよ…いただきまーす」


(ええい、こうなりゃヤケクソだ!)


アランはスプーンを勢いよく口に入れた。


「……………」


「どう?」


「どうでしょう…」


アランの顔は紫色に染まっている。

相当な不味さだったようだ。


「う…うまいよ…はは、ははは…」


そう呟いたアランの顔は、完全に引きつっていた。


「…あんまり美味しそうじゃないんだけど」


「い、いやいや!そんなことないよ!めちゃくちゃ美味い!」


アランは悟られないようにする為、お皿に守られていたクリームシチュー(?)を勢いよくかき込んだ。


(うぇ…口の中が地獄だ…)


鼻で息をするのをやめ、アランは勢いのままクリームシチュー(?)を飲み込んだ。


「ふ、ふぅー。美味しかった…」


「あら、すごい食べっぷりね!作った甲斐があるわね!ユリーナ!」


「そうですね!私たちも食べましょうか!」


二人はクリームシチュー(?)をお皿によそい、テーブルに座った。


「いただきまーす!」


二人は同時にスプーンを口に運ぶ。

アランは、二人の様子を固唾を呑んで見守った。


「……………」


二人の顔色が紫色に変化していく。

そして、二人は顔を見合わせた。


「ま、まずっ!!!」


ーーーーーーーー


「ごめんなさい、アランさん。私、普段の料理は隣のおばあちゃんに頼んでてしないの…。でも、今日は特別な日だし…腕によりをかけて作ろうと思ったんだけど…」


「い、いいよ!作ってくれたってのが嬉しいからさ!」


「どこで間違えたのかしら…」


リサは部屋の隅でブツブツと独り言を漏らしていた。


(間違えたとかのレベルじゃないぞ、リサ…)


「ありがとうございます…あ、そうだ!お風呂が沸いたので是非入ってください!私は寝室の整理をしてきますから!」


そう言うと、ユリーナは階段を駆け上がって行った。


「お風呂か…俺先入ってくるよー」


「塩胡椒の量かしら…」


(まーだ言ってるよ…)


独り言を言うリサを置いて、アランはお風呂場へと向かった。

服を脱ぎ、暖かな湯船に浸かる。


「はぁー…癒される…」


アランは親に浸かりかながら、先ほどの山賊のことを考えていた。


(山賊のボス、か…。一体どんな奴なんだろう。ユリーナの前ではあんなカッコつけたけど本当に俺とリサだけで勝てるのか…?いやいや、勝たなきゃいけないんだ、この村の為にも、俺たちのためにも。よーし、なんかやる気出てきたぞ…!)


ーーーーーーーー


お風呂から上がると、ユリーナとリサがテーブルで談笑していた。

女の子同士、話があっているのだろう。アランに全く気づく気配がない。


「おーい、リサ、風呂入っていいぞ」


「あ、アランさん!お風呂どうでしたか?」


「あー、気持ちよかった!わざわざありがとね」


「いえいえ!さ、リサさんも行ってきて下さい!」


「ほいほい、じゃ遠慮なくー」


そう言うと、リサは風呂場に向かって行った。

リサがいなくなったリビングには、急激に静けさが訪れた。

その静けさを打ち破ったのは、ユリーナだった。


「あの…実はさっきリサさんからアランさんについて色々お話を聞いてたんです」


「俺の話?」


「はい!なんで勇者を目指してるのか、とか昔はどんな人だった、とか」


「あー、そういうこと」


「アランさんのお父さんも勇者さんなんですか?」


「え、あぁ。まぁ正確に言うと"勇者だった"かな」


「だった…?」


「あぁ。父さんは俺が物心つく前に死んじゃったらしいんだ」


「そーだったんですか…変なこと聞いてしまってごめんなさい…」


「いや、構わないよ!…父さんは俺の憧れなんだ。話でしか聞いたことないんだけど、本当にカッコイイ、まさに勇者って感じの人なんだ!真っ直ぐで、正義感も強くて…。俺もいつかそんな勇者になりたい。憧れの父さんみたいになりたいんだ」


父について語るアランの表情は、純粋そのものだった。まるでヒーローを見ている子供のような、そんな…


(アランさんって、本当に真っ直ぐな人なんだな…)


アランの純粋な表情に、思わずユリーナはそう感じてしまった。


「きっとなれますよ!アランさんなら!」


「そ、そうかな…なんか照れるな…」


「ふふっ、アランさんって意外とかわいいとこあるんですね!」


「や、やめてよ、恥ずかしい…」


「ふふっ!さ、もう寝床の準備できてますよ!明日に備えて、今日はもうおやすみした方がよろしいんじゃないですか?」


「そーだね、今日はもう寝るとするかな…」


こうして、二人のの旅の初日は幕を下ろしたのだった。


ーーーーーーーー


「…だ!」


「…げろ!」


(なんだか外が騒がしいな…)


眩しい陽光と、外の騒がしさで目が覚めた。

寝癖のついた頭を掻きむしりながら体を起こし、カーテンを開けると、外には逃げ惑う人々の姿があった。


「な、なんだ!?」


逃げ惑う人々の逆側に視線をやると、そこには昨日のバンダナの男二人と黒いロングコートを着た青髪の男、そしてもう一人、緑髪の男が立っていた。男は黒いノースリーブの服身につけ、ダボダボのズボンを履いている。

いかにもチンピラのような服装だ。


「あれが奴らの言ってた…」


アランはベッドの横に立てかけてあった剣を背中にかけ、部屋を飛び出した。

一階に降りると、そこには不安そうに外を見つめるユリーナとリサの姿があった。


「あ、アラン!」


リサがアランに気づき声をかける。


「あいつがボスか?」


「見た感じそう見たいね…かなりチャラチャラしてるみたいだけど」


「アランさん、リサさん…本当に二人だけで行かれるのですか?」


「大丈夫だってユリーナ!絶対奴らを倒して、この村を救ってみせるからさ!」


「そーよ!私たちがあんなチャラチャラしたやつに負けるわけないって!」


「お二人とも…絶対に死なないで下さいね!」


「当たり前だよ!さ、行こう、リサ」


「えぇ、行きましょう」


アランとリサはゆっくりと玄関を出て行った。

ユリーナはそんな二人の背中を見守ることしかできなかった。



続く

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