第20話 澄村家へ
次の日の朝。のりやボンドで穴をふさぐ要領で、沖豊が時空ずい道の裂け目を埋めようとしてみても、それもむりに終わった。
沖豊はいったんあやかしの世界へ戻る。また午後三時頃に東温と来るとのこと。
その後、友高は店の二階に世利果を連れてくる。世利果はここに客として来ることはあっても、イートインスペースを利用することがない。
「お母さんにずっとだまっていたことがある。この店が持ち直したのは、実は妖怪たちのおかげなんだ」
友高が言った。母親をわからせようと、止水もそこにいる。
「妖怪?」
世利果はいぶかしげなまなざしでいた。友高はポスターをはがして、時空ずい道を見せる。
「まあ! この穴はなに?」
「これは時空ずい道と言って、この人間界と妖怪の世界をつなぐ穴だそうなんだ」
「えー、お父さんったら、なにを言っているの」
世利果は信じない。
「お母さん、お父さんの言っていることは全部本当だよ。私も妖怪たちをこの目で見たの」
止水も言葉で納得させる。
友高はフードファイターがインターネットに上げた動画を世利果に見せた。
「これが妖怪の子どもの東温くんだ。年齢は止水と同じらしい」
「あら、かっこいい男の子ね」
「東温くんが子どもとは思えないほどこんなに食べているのは、この時彼が妖怪ならではの特別な能力を使っていたからなんだよ」
「東温は白狐っていう、白いキツネの妖怪なの」
止水が友高の話につけ足すように言う。
「次の土曜日で、この時空ずい道は完全に閉ざされるようなんだ。つまり、彼らとは二度と会えなくなる」
「止水、あなた、東温くんたちをうちに連れてきなさいよ! 私、この店を立て直してくれたお礼もかねて、彼らにごちそうしたいわ」
世利果は気持ちが高ぶっている。ふたりの話を信じたようだ。
その日の夕方、止水は東温と沖豊を自宅に招く。
「ようこそ」
世利果は笑顔でふたりを歓迎する。特にめかしてはおらず、エプロンを身につけていた。
「さすがは止水の母上。このうえない美人だ」
世利果をちょっと見ただけで、東温の目は輝く。
「本当、おきれいな方ですね」
沖豊のほほが赤くなる。
「ふたりともありがとう。でも、止水は父親似なのよ」
「お母さん、東温ね、お父さんのことを初めて見た時、イノシシと勘違いしたのよ」
止水は世利果に言った。
「……そ、その件は失敬した」
東温は気まずそうにする。
「えーっ。お父さんはイノシシっていうより、クマさんって感じじゃない?」
世利果はそれを笑って問題にしないで済ます。止水は「気にするところはそこ!?」と、ふき出しながら言葉を返した。
「お父さんは出会った時からぷくぷくとしていたわね。でも、その頃は今より二十キログラム以上痩せていたのよ!」
その事実に、東温と沖豊は「ええっ!」とおどろく(止水はすでに聞いたことがあるので、特にリアクションを起こさなかった)。
「コンビニを個人で経営していて、新商品の開発もしなければならないとなると、食べる量も増えざるを得ないでしょうね」
沖豊は友高の立場を想像する。
「痩せたらもっとかっこよくなりそうと思いつつ、痩せた姿をいちども見たことがない。クマさんみたいでかわいいから、今のままでもいいけれどね」
世利果から見て、友高の評価はかなり高い。世界でいちばんかっこいいのは友高と思っているくらいだ。
「てっきり、友高殿が世利果殿に愛情深い関係なのかと思っていたら、世利果殿もべたぼれのようだな」
東温は止水に耳打ちする。止水は「うちの親はそうなの」と、声に出さずに笑う。
世利果は客人のためにとろろ飯を作っていた。
「おおっ! 余の好物ではないか!」
東温の目がきらきらと光る。
「止水、余の好物をおぼえていてくれていたのか」
「私、この記憶力のおかげで、テストの点数はいいの。食後のデザートとして、草餅もあるわよ」
止水は得意げになった。
「東温くんに沖豊さん、あなたたちのためにたくさん作ったから、おかわりも遠慮なくしてね」
世利果がにっこりと笑う。東温はいきおいよくとろろ飯をかきこんだ。
「うまい! こんなにおいしい料理を毎日食べているのなら、そりゃ、友高殿も肥えるな」
「東温くんははっきり言うタイプなのね」
みんなでとろろ飯を食べた後は、いれたての緑茶を片手に、草餅をつまむ。
「ふたりは別の姿があるんでしょう? 私、見たいわ」
世利果に言われて、東温と沖豊は白狐とたぬきの姿になった。
「わあ!」
世利果は手をたたいてよろこぶ。
「せっかく仲よくなったのに、もうすぐあなたたちと会えなくなるなんて、さみしいわね」
「世利果殿はこちらの世界に来るというのは――」
そこで、東温はしゃべるのをやめる。
「ん? 東温くん、なにか言った?」
世利果は東温に視線を向けた。
「いや、なんでもない」
東温はひかえめでいる。世利果を困らせたくなかったのだろう。
「でも、あのトンネルがなくなるまでにまだ時間はあるんでしょう? なくならないで済む方法はきっと見つかるずよ」
「そうだね」
止水は世利果の言葉にうなずいた。実の親がそう言うと、ふしぎと本当にそうなる気がする。
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