第19話 時空ずい道の異変
止水と東温が出会ってから、早二ヶ月。止水は朝から昼まで学校の授業を受け、放課後になれば東温たちに会うという日々を変わらず過ごしていた。
後三週間もすれば、学校は夏休みとなる。夏休みになれば学校に通わなくなるので、店にいる時間も増えるということだ。止水はこの夏休みは東温たちとなにをして遊ぼうかとしょっちゅう考えては、忘れないようメモしておく。今年の夏休みは例年にくらべて楽しくなりそうだと、そう思ってやまなかった。
七月になって最初の土曜日。その日、止水の住む地域は集中豪雨が降っていた。局地的な大雨は河川の氾らんをも引き起こす。止水はさすがに店に行くのをやめ、自宅にずっとこもっておく。
翌朝になると雨は降りやんでいた。幸いにも、この集中豪雨によって死者や行方不明者が出たというニュースもない。
止水は一日ぶりに東温と沖豊に会う。一応聞いてみると、あやかしの世界の昨日の天気は晴れだったようだ。止水はふたりの顔を見て、いつもの日常が戻ったことにほっとする。
「はっ! なんということでしょう!」
突然、沖豊が叫んだ。
「近江屋さん、どうかしたの?」
「ここを見てください。わずかではありますが、時空ずい道に亀裂が入っています。おそらく、集中豪雨の影響でしょう」
沖豊はそう言って、時空ずい道を指さす。真っ黒なはずのトンネルには、裂け目のようなものができていて、そこから白い光がさし込んでいる。
「このままだと、時空ずい道はやがて閉ざされます」
「閉ざされると、どうなるの?」
「あやかしの世界と人間界、ふたつの世界の行き来が完全にできなくなってしまいます」
「えっ――」
止水は言葉を失う。それと同時に胸もつまった。意味を理解すると、深い絶望でしかない。
「それは、余と止水が二度と会えぬということか!?」
東温は沖豊に聞いた。
「残念ながら、そういうことになります」
「ならば、余は人間界に残る」
「なりませぬ、東温坊ちゃま。東温坊ちゃまは閑田家の次期当主なのですぞ」
「そうよ、東温。あなたがあやかしの世界からいなくなれば、あなたの家族も悲しむわ」
止水も沖豊と一緒になって止める。東温の家族の気持ちを考えると、それは避けたかった。
「家がなんだ、家族がなんだ。余は止水といたいのに。止水は余と会えなくなるのは、嫌でないのか?」
「そりゃ、あなたとは今の関係がずっと続ければいいけれど、こればかりはしょうがないじゃない――」
止水はうつむく。人生、出会いがあれば別れもあるけれど、東温たちと別れが来るとは思ってもみなかった。しかも、こんなに早く、こんな形で。
止水も十歳ながら、人生の別れを何度か経験したことはある。学校の好きな先生が別の学校へと異動になった時、彼女の胸は痛んだ。別れは避けられなくて、受け入れるしかないのだと、そう自分に納得させ、いくつもの悲しみを乗りこえてきた。
「止水、お主があやかしの世界に来るというのはどうだ?」
「私がそっちへ行ったら、私のお父さんとお母さんが悲しむよ」
「友高殿や母上殿もこっちへ連れてくればよい」
「お父さんとお母さんに人間界での生活を捨てさせるなんて。そんな簡単な話じゃないよ。チェーン店じゃないコンビニの経営者になることは、お父さんの昔からの夢みたいだったんだから」
「だったら、あやかしの世界にコンビニを作ればよい。あやかしの世界なら今までにない画期的な店だと、大にぎわいとなるに違いないだろう」
「あなたの言うように、あやかしの世界にコンビニを建てればひっきりなしにお客さんが来て、私たち家族も生活に困らないと思う。だけど、ハイテクノロジーなこの現代社会でいかに人情味のあるコンビニを経営するのかが、お父さんのやりがいなのよ」
「……」
ここにはいない友高の気持ちをくんでか、東温は止水にそれ以上なにも言わないでいる。
「じいや、時空ずい道のゆがみは修復できないのか?」
「やってみます」
東温に言われた沖豊はたぬきの姿になって、亀裂をもとのとおりにしようとした。
「わっ!」
けれども、沖豊は体ごとはじかれる。
「東温の力ならどうなの?」
止水は聞いた。東温はすぐさま能力を使おうとする。とたんに、彼の目は青白くなった。手のひらにも力を込めているようで、そこにも青白い光のエネルギーがためられる。
東温は光をためた後、時空ずい道に向かって一気に放つ。まさに全身全霊、かなりの力を込めていそうだ。青白い光線のまばゆさで、止水は思わず目を閉じる。
しかし、東温の出した光でさえも「パン!」と音を立ててはじかれてしまう。その上、亀裂はそのままだった。
「だめだ。歯が立たぬ」
「それじゃあ、護符を使ってみたら?」
止水に言われて、東温は一枚の護符に力を込める。目を閉じ、まじないの文句をぼそぼそととなえた。それから、亀裂めがけて、護符を手裏剣のように投げる。
だが、護符はただの紙同然のように地面に落ちてしまう。
「これもだめだ。全然意味がない」
「近江屋さん、時空ずい道はいつ閉じるの?」
止水は聞いた。
「計算してみます」
沖豊は持っているそろばんをぱちぱちとたたく。
「今から一週間後の午後六時三分十七秒に、閉ざされる計算です。閉ざされると、消えてあとかたもなくなります」
「まだ時間はあるのね。それじゃあ、最後の日まで、みんなで悔いのないように生きよう」
残りの時間でたくさんの思い出を作る。止水はそれがいちばんだと感じた。
「これはただ余の力が足りないだけかもしれない。より強い力を出せるよう、向こうの世界で特訓しておく」
東温はあきらめていない。時空ずい道の消滅までに、まだ一週間の猶予はある。止水としても、希望は持っていたい。だけど、期待したものの、最終的にそのとおりにならなかった時を考えると、望みをかけるのが怖かった。
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