第17話 友情とライバル心
次の日も、譲奈は止水に会いに来た。学校で上級生と親しくなったことがない止水は、今までにない新しさを譲奈との交流から感じている。
「わたくし、蛇髪がうまくできるよう、今日から特訓します」
「蛇髪? ああ、髪をムチにする能力ね」
「それから、高い木にのぼれるよう努力します」
「そうね。苦手なことを克服する姿を見せれば、東温をあっと言わせられるかも」
ふたりは止水の祖父母が住む家に向かう。そこは友高が生まれ育った家でもある。
止水がインターホンを鳴らすと、家の中から澄村
「おばあちゃん、久しぶり」
「あら、止水。よく来たわね」
「紹介するね。私の友だちの印南譲奈ちゃん」
「初めまして」
譲奈は波多子に会釈する。
止水が祖父母の家をたずねたのには理由があった。この家の庭には木のぼりの練習をするのにぴったりな木がある。全長五メートルはあるだろう。
「ここなら人目を気にせずに練習できるわね。私でものぼったことがない木を、譲奈さんがのぼるなんて」
「木が傷まないよう、護符で守っておきますわ」
譲奈は木に護符を貼りつけた後、木にのぼる。
「ああ、怖い……」
のぼればのぼるほど、譲奈の体のふるえは大きくなった。
「譲奈さん、がんばって!」
止水は地上から声援を送る。
譲奈は時間をかけて、地面からいちばん近い枝につかまった。
「譲奈さん、やったね!」
止水は拍手する。その後、ふたりは家の中で波多子手製のおはぎを食べた。
次の日。止水は今日も譲奈を連れて友高の生家をたずねた。この日は竹やわらで作った人形を使って、蛇髪の練習をする。人形は止水の祖父・
「ふう、ふう……」
譲奈は人形に自分の髪が巻きつくように、何度も頭をふる。
「譲奈さん、もっと!」
止水から見ても、数をこなすほど、蛇女の能力が強化されている気がしていた。譲奈は確実にあやかしとして成長している。
止水は譲奈に声をかけて励ましながらも、こう思っていた。東温が譲奈を好きになったら、自分は本当にうれしいのか、と。ふたりの恋を心から祝福できるのか、この気持ちを譲奈にちゃんと言うべきなのか。止水は自分でもわからないくらいに複雑な心の状態となっていた。
猛特訓から一週間が経った頃。この頃には譲奈も木をさくさくとのぼれるようになっていた。
「高い場所も前ほど怖くないですわ。それもこれも、止水のおかげ。後は蛇髪をうまくやるだけですわね」
「……」
木の枝に腰かけている譲奈が誇らしげな顔で言う。止水はそんな彼女を地上から見つめている。
「譲奈さん、あなたに話があるの」
悩んだ末、胸のうちを伝えることにした。このまま本番をむかえると、心のどこかで譲奈の失敗を望みそうだったからだ。ふたりは縁側に座る。
「私、自分でもどういうわけだか、東温があなたを好きになって、私のことなんかどうでもよくなることを、心のどこかで望んでいないの。こんな気持ちになってごめんね」
「そう。やっぱり」
「えっ。『やっぱり』って、譲奈さんは気がついていたの?」
「東温に好意を向けられてうれしくない女の子はいませんわ」
「……」
まさか自分が、という思いで、止水のほほが赤くなった。
「止水、むしろ正直な気持ちを言ってくれてありがとう。それはさぞかし、勇気が言ったことでしょう」
譲奈は立ち上がる。
「わたくし、止水とは正々堂々と勝負したいですわ。どちらが東温に選ばれても、うらみっこなしよ」
「うん!」
止水は本心を打ち明けてよかったという思いになる。そして、相手にどう思われるのかを怖がらずに、真実の気持ちを伝えることが大事なのだと。
次の日もその次の日も、譲奈は木のぼりと蛇髪の練習をした。止水はずっとつき合う。後悔のないよう、譲奈を一生けんめい応援した。
日曜日。譲奈は東温の前で練習の成果を披露する。そのために、止水たちは東温の力を使って、人間の止水ひとりでは来られないような山奥まで移動した。
譲奈が今回のぼる木はおよそ全長七メートルと、波多子と忠造が住む家の木よりも高い。
譲奈はまず、護符で木を守った。止水、東温、沖豊に見守れる中で、木によじのぼっていく。
「のぼれました」
譲奈はいちばん高い枝までのぼりきった。
「あの譲奈が――すごいではないか」
東温は感心する。
続いて、蛇髪。その威力は今まででいちばんだった。譲奈の髪は人形にしっかりと絡みつく。
「譲奈さんはこれまでの自分と違う姿を東温に見せようと、今日までずっと練習してきたのよ」
止水も言葉でアシストする。
「譲奈の努力は認めよう」
東温はうなずく。
「だが、ふたりの関係については、それとこれとは別だ」
彼の意思はかたくなだった。
「友高殿の言うように、親の決めた相手と結婚しなければならないなんて、おかしい。あやかしの世界も改革が必要な時だろう」
「……」
止水はだまって聞いている。それは人間の彼女としても一理あった 。止水だって、親に政略結婚を強要されたら、反発したくなるだろう。十五歳で結婚しなければならない東温と違って、自分がいかに自由な日常で生きているかということだ。
止水はそこで気がついた。譲奈を応援するということは、同時に東温の気持ちをまるっきりむししているということだと。
東温の気持ちが変わらなくてほっとしている反面、譲奈も好きだからこそ、この結果をすなおによろこべない。止水はここにいることに居心地の悪さをおぼえて、全力で走った。
「止水、どこへ行く!」
すかさず東温が追いかける。譲奈と沖豊もあとを追った。
「止水、あぶない!」
東温が危険を知らせる。止水の目の前は急な坂となっていた。
「えっ?」
落ち葉で平坦な道と坂道の境目がわからなかった止水は、足をすべらせてしまう。
「止水!」
東温は全速力で止水のもとまで行く。そして、止水を抱きしめた。
ふたりはそのまま転がる。だが、東温につつまれた止水は体にまったく痛みをおぼえなかった。
「東温! 大丈夫!?」
「心配無用だ。転がり落ちる瞬間、体にあやかしの力を込めて、衝撃をやわらげた」
「ちょっと! あなた、けがしているじゃない!」
止水が言うように、東温のほほやうではいくつもの切り傷ができている。
「なに、ほんのかすり傷だ」
「東温、あやかしの力で止水の動きを止めた方が早かったはずなのに、どうしてあなたほどの手だれが、あの場でそうしなかったのですか? そうすれば、あなたも体に傷をおうことはなかったのに」
譲奈は聞いた。
「止水の身になにかあったらと思うと、いても立ってもいられなくて、この身をもって守りたくなったのだ。どうやら、止水は余を強くする存在とともに、余の弱点でもあるようだな」
「東温――」
これにはさすがの止水もときめく。そのほほがほんのりと赤く染まる。
「私の時は最初からあやかしの力を使ったのに……」
譲奈は意味ありげな様子で東温を見ていた。
「わかりました。わたくしは東温のことをあきらめます」
まぶたを閉じ、きっぱりと告げる。その表情は晴れ晴れとしていた。
「止水といる時の東温は幸せそう。そして、わたくしには見せない顔を止水には見せている。わたくしは東温の幸せをいちばんに考えたいです」
「譲奈さん――」
止水は譲奈のもとまで近寄る。
「東温のことは止水にまかせます」
譲奈は止水にウインクをした。
「ええっ!」
そんな風に言われても、と止水は動揺する。
「そして、わたくしは今日をもって、人間界に来るのもやめます」
「えー、それは残念。私たち、せっかく友だちになれそうだったのに。私、おばあちゃんに譲奈さんのことを友だちって紹介した時、本当にそうだったらいいなって思っていたのよ」
「だって、止水と東温のじゃまをしたくないもの。わたくしがいると、止水が東温と過ごす時間が減るでしょう?」
「それなら、最後にみんなで思い出を作ろう」
東温のけがの手当てをしなければならないこともあり、四人は店まで戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます