第12話 思わぬ人物からの依頼



 次の月曜日から、店は通常どおり営業していた。今日は三日経った水曜日。止水が二階でゆっくり過ごせるような、静かな日々が続く。



 午後三時過ぎ。止水はいつものように学校が終わってから、店をたずねた。飲み物を買おうと、ドリンクのコーナーを見る。その時、店の電話が鳴った。



「お電話ありがとうございます。イツデモイマデモ袖崎花本店の澄村です」



 友高は受話器を取って、受け答えする。「はい、はい」と元気よく相づちをうっていた。



「ぜひ、いらしてください! はい、お待ちしております!」



 友高は通話を終えると、受話器を元に戻す。具体的に聞かなくても、それがいい内容なことはわかる。



「お父さん、電話、だれから?」



 止水はたずねた。



「止水は左合得之介さごうとくのすけさんってフードファイターを知っている?」



「ううん、知らない」



 友高は「父さんも知らないんだよね」と言いつつ、スマートフォンで調べる。



「この人みたい」



 止水に画面を見せた。



「ああっ! この人ね。私、友だちの家で、この人の動画を見たことがある。バラエティー番組の大食い大会で何度も優勝している人みたい」



「この左合さんが、今度の日曜日、インターネットで配信する動画のために、うちの店で撮影させてほしいって」



「ええっ!」



 止水は大きな声でおどろく。父が有名人からの依頼を受けるとは、と。



 日曜日。その左合得之介が店にやって来た。今回は他のフードファイターとも共演するとのことで、それはふたりいる。相笠公志あいかさこうし中木場針子なかこばはりこ、という名前らしい。得之介のように、公志と針子もバラエティー番組に何度も出演しているそう。彼らは日本の大食い業界のトップの人たちと言っていいだろう。



 三人のうち、四十二歳の得之介が最年長だ。公志と針子は三十歳過ぎと、友高より少し年下である。公志は二十代前半に見えるほど、見た目が若々しい。針子は短い髪の毛を青色に染めていて、目もとを強調させた濃い化粧をしていた。一度見たら忘れない見た目をしている。



 三人ともたくさん食べられるのが信じられないほど、ほっそりとしていた。いくら食べても太らない体、というのは人間の理想そのものかもしれない、と止水は思う。もし、どんな願いでもひとつだけ叶えてあげる神さまが目の前に現れたとしたならば、一生太らない体を願う人だっていることだろう。



 まず、友高と得之介たち、それぞれが挨拶と自己紹介した。止水は有名人が目の前にいることに感動する。フードファイターはアイドル歌手のような外見を売りにした職業ではないのに、きらきらとした存在感を感じた。



 店に来たのは三人だけでなく、撮影担当の男性スタッフもいる。これから通常の自分の日常では体験できないようなことがはじまるのだと、止水はその男性スタッフが持っているカメラにわくわくとした。



「袖崎花本に二階建てのコンビニがあるとは。二階建てのコンビニを利用するのも、人生で初めてです」



 得之介が店内を見回しながらしゃべる。



「お前たち、今日はこの店をうまく宣伝してくれ」



 東温が四人に向かって言う。得之介たちからすれば、なまいきな少年に見えることだろう。



「澄村店長、失礼ですが、この子は?」



 得之介がたずねる。いらっとしてもおかしくないところなのに、腰の低い人だ、と止水は感じた。



「遠い親せきの子です」



「そうだ。東温、あなた、フードファイターのみなさんと大食い対決をしなさいよ」



 止水は東温に言った。あやかしと日本のトップフードファイター、どちらが勝つのかは気になるところだ。



「澄村店長と対決というのなら、わかるけれど――」



 公志は子どもがフードファイターに挑むのはきついだろう、というような表情で、納得していなかった。



「いえ、フードバトルをするなら、僕より東温くんの方がふさわしいです。先日、彼は大食い対決で僕に勝ちましたから」



「ええっ!」



 友高の言葉に、フードファイターたちは三人ともびっくりとする。



「ぜひ、やりましょう」



 得之介は受け入れた。



「でも、この子がいくら実力者だとしても、大人と子どもで胃袋の容量が違うのだから、ハンデをあげた方がいいよね」



 針子がそのあたりを気にする。



「いえ、大丈夫です」



 止水は東温のかわりに断った。



 それから友高たちは段取りを確認し、準備を済ませた後、カメラを回す。止水はカメラマンの後ろから友高たちの様子を見守る。



 まず、ここがどういった店であるのかの説明からはじまった。



「澄村店長、この店は現金払いのみなんですよね?」



 得之介がたずねる。



「はい。時代と逆行していると思われるところですが、少しでも商品を安く売りたいので、うちはそうしています」



「同じ理由で、店にはポイントカードもないとか?」



「そうです」



「ポイントカードを財布から出すわずらわしさや、それを持っているのかどうか店員に聞かれるのがめんどうくさいって人は、イツデモイマデモさんのやり方が合っているでしょうね」



「俺はそっちの方がいいな」



 公志がふたりの会話に入った。「私も」と、針子も言う。彼らの紹介の仕方だと、現金払いでいいという人の心を掴むに違いない。



 一行は一階でのシーンを撮ってから、二階に移動した。イートインスペースなことがよくわかるよう、電子レンジやウォーターサーバーなどを、カメラでじっくりと撮る。



 大食い・早食い対決の前に、フードファイターたちはイスに座った。友高は対決のメニューとなる商品をテーブルに置く。



「おお、イカスミスパゲッティですか! これがコンビニで食べられるとはいいですね」



 商品をそのまま出しているわけではなく、映像としてよりおもしろくなるよう、特別に高く盛っていた。それによって、カメラの前には真っ黒い山が三つできている。見栄えがいいとは言えないが、インパクトはあるだろう。



「イカスミスパゲッティ、家で作るとなると、大変だもんね」



 針子が言った。



「今回は大食い少年の閑田東温くんと対決してもらいます」



 そこで、東温が登場する。フードファイターたちと競争するのが幼い子ども、しかも美少年となると、視聴者は画面に釘づけとなることだろう。



「十歳の男の子が大食いできるんですか!? うそでしょう!?」



 得之介がオーバーにリアクションしてくれる。テレビ慣れしている人は違うな、と止水は思った。



「勝負の前に、オレンジジュースを飲みましょう」



 友高はそう言って、みんなにオレンジジュースを配る。



「オレンジジュース?」



 公志が小首をかしげた。友高はそうすれば歯が黒くならなくなると説明する。



「僕だったら、イカスミスパゲッティを食べる時は、一緒にオレンジジュースも買いますね」



 公志が言う。動画を見る人の購買意欲を刺激するよう、フードファイターたちはささいなことも上手に言ってくれる。



「よーい、スタート!」



 友高の合図とともに、フードファイター対少年という、いまだかつてないバトルははじまった。制限時間は四十五分。イカスミスパゲッティをいちばん多く食べた者が優勝、というルールだ。食べ物がなくなりそうになれば、友高がおかわりを出す。



 フードファイターたちはフォークに巻きつけたたくさんのめんを、大口で食らう。東温は護符の力を借りて食べている。だれが勝ってもおかしくないほど、最初は横並びだった。だんだんと得之介が大食い業界のエースらしく、まわりとの差をつけていく。



 そうして、優勝したのは得之介だ。公志と針子も東温より多く食べていた。止水は東温が勝つと思っていたので、フードファイターのすごさを感じる。でも、人間が実力で勝ったことにほっとしてもいた。



「東温くん、きみはすごいね!」



 公志がたたえる。



「フードファイターにならないかい?」



 得之介が誘う。日本一のフードファイターにそう言わせるとは、名誉あることだ。



「よ、余は客人に花を持たせただけだ」



 東温は負けおしみじみたことを言う。



「おお、東温くん、言うねえ!」



「余?」



 それは狙って言ったわけではないけれど、個性的なキャラクターだと、動画として盛り上がった。



 こんなに食べてもだれひとり歯が黒くなっていない、という説明をして、撮影は終了する。



「余はイカスミスパゲッティを一生分食べたような気がするぞ」



 得之介たちが帰ってからも、東温は動けずにいた。けた外れの食事によるものではなく、気疲れからという。



「お疲れさま」



 止水はそんな彼にあたたかい緑茶を出した。いつもつんつんとしている止水だけれど、今日は東温をねぎらう。

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