第11話 大食い・早食い対決!



 次の日曜日の昼下がり。大食い・早食い対決の日となった。友高にたたかいを挑みたい人間が複数いたので、抽選で選ぶ。挑戦を権利を得たのは二十代前半くらいの男性だった。細身でめがねをかけている。



 対決をこの目で見たいと、二階のイートインスペースには見物客もかなり集まった。イートインスペースの利用の際には店の商品を買うのが決まりなので、どの人も店の商品を飲み食いしている。ひとつのイベントが他の客を呼び、店の売り上げを上げるきっかけとなっていた。



「友高殿より早く食べられたら、無料とする!」



 審判の係をつとめるのは東温だ。勝負の前に、大きな声ではきはきとルール説明をした。彼の古風なしゃべり方に「ん?」という表情をしている者も少なくない。



「この勝負、やる前から勝負のゆくえは決まっているな」



 東温が止水に耳打ちする。あやかしの彼から見ると挑戦者の男性は食が細そうに見え、そんなに食べられるはずがないと思っているようだ。



「ううん、きっとあの人はやせの大食いよ」



 止水は不安となる。みずから勝負に挑んだからには、それなりの自信があるはずだと。



 対決に使われるメニューはすべて店の商品だ。鶏のからあげ弁当にミートソーススパゲッティ、カツカレーと、止水としては一日かければなんとか食べられる量を、一気に食べなければならない。それだけでなく、シュークリームやプリンのデザートも食べる必要があった。まったく同じ食べ物を順番どおりに食べ、先に完食した方の勝ちとなる。ふたりに色んな食べ物を食べてもらうことで、店にはこんな弁当やデザートがあると、商品のいい宣伝にもなっていた。



「よーい、スタート!」



 東温の合図と同時に、ふたりは食べはじめる。先に弁当を食べ終えたのは挑戦者だ。



「お父さん、がんばって!」



 友高がこの日のために色々と努力してきたのを知っているからこそ、止水の声援にも熱が入った。友高は挑戦者に追いつくようにと、猛スピードで食べる。



 けれども、その後もふたりの差が縮まることはなく、友高は挑戦者に負けてしまった。友高本人が言っていたように、大食いはできても、早食いには向いていないようだ。



 東温は挑戦者にインタビューする。彼はフードファイターでも、フードファイターのような特別なトレーニングもしたことがないらしい。こういった競争に出ようと思ったのも、今回が初めてだそうだ。



「みんな、あんなに僕を応援してくれたのに、期待にこたえることができなくてごめんね」



 勝負の後、友高は止水たちに謝る。



「そんな、自分を悪く思わないで、お父さん。むしろ、お父さんはがんばったほうだよ。お客さんを多く集められただけでも、今回はもうけものだわ」



 今回のイベントで群がり集まった人々の中には、友高たちが食べたのと同じものが食べたくなったと、カツカレーやプリンなどを買って帰った客もいた。店長が勝てなかったからといって、がっかりして店に来るのをやめるような客はひとりもいない、というわけだ。



「僕より大食いに向いている人を探すしかないね」



 しかし、この調子で友高が負け続けていたら、店の利益は少なくなる。



 ふと、止水は東温を見た。



「東温、あなた、自分の能力を使って、たくさん食べられたりはしないの?」



「護符を使えばなんとかなりそうだが――」



 ここはもう人間にはない力に頼るしかない。



「いかにもよく食べるお父さんが食べるより、あなたのような細身の男の子がたくさん食べたら、きっと話題になるわ。人間って、意外性が好きなの。次の対決はあなたがやってみてよ」



「止水のためなら、仕方ない」



「けれども、止水さま、あやかしの力を使うとインチキになりませんかね? なにも知らずに挑戦する人がかわいそうですぞ」



 沖豊は心配した。



「そのへんは大丈夫。東温とお父さんを対決させるのよ。それをお客さんに見てもらおう。これなら、お客さんに損させることはないでしょう?」



「東温くん、僕も二回連続で負けたくはないから、やるからには全力を出すよ。あやかしの力は手ごわそうだけれど、負け試合だって、まだ決まったわけじゃないからね」



 友高もやる気を出す。



 大食い・早食い対決はまた一週間後の日曜日に開催した。メニューはハンバーグ弁当にオムライス、カップめん。そして、デザートにどら焼きとカステラ。見物人は先週も見に来ていた人が多い。前回とメニューをがらりと変更したのは、そういう人たちにより見て楽しんでもらうためだ。



 二階に集まった客は、大人でふくよかな友高が十歳の少年に負けるわけがない、というような目で見ていた。



「よーい、スタート!」



 合図をとったのは沖豊。友高はまずハンバーグにかぶりついた。東温は今までに見たことのないいきおいで食べていく。目が青白くなるのを、護符で見えなくしていた。東温の力に護符の力が合わされば、敵なしのようだ。



「東温くん、すごーい!」



 いつか店に来ていた、アイドル歌手好きの女子高生たちが黄色い声援を送る。



「うう……」



 東温は元気づけられると、逆にやりにくそうだ。年上の女性に好かれてうれしい、という感じでもない。



「東温くん、がんばって!」



 東温ファンの少女や中年女性たちも応援する。



「澄村店長さん、がんばれ!」



 男性客は友高を応援する者が多かった。人は、弱い立場の人間に同情し、味方したくなる性質がある。前回負けた姿を見たことで、今度こそ友高には勝ってほしいと、ひいき心が芽生えているのだろう。



「お父さん、もうひと息! 東温も、その調子よ!」



 止水もふたりに声援を送った。ここは幼い東温に勝ってもらう方がおもしろいけれど、友高のがんばりが報われてほしい。勝敗がついてほしくない気持ちにもなる。



 三十分ほどの激闘の末、東温が少しの差で勝利した。大食い業界に有望な少年が現れた!と、その場が騒然となる。



「余がこんなにたくさん食べたのは初めてだ」



 東温がいくら食べてもまったく苦しそうでないのは、護符の力を使っているからだ。



「あんなに食べたとなると、東温の体重は増えるかな?」



 止水は気にする。



「護符の力があれば、その心配もありません。今回、東温坊ちゃまの食べたものはすべて、ブラックホールのような空間に移動しましたので。食べる時に味を感じ、お腹が満たされた感じとなっても、栄養として吸収されていません」



 沖豊がかわりに説明した。



「いくら食べても太らないなんて、うらやましい」



「護符をこのように使ったのは初めてですけれどね」



 翌日になっても、友高と東温の対決は店の周辺で話題となっていた。



「テレビやインターネットで見るような大食い対決が生で見られて、とてもよかったよ!」



 友高は何人もの客に話しかけられる。



「大手チェーンのコンビニだと、できない企画だろうな」



 他の客がひとりごとのように言う。



「チェーン店は全国にあるすべての店舗で同じ営業の仕方をしないといけないですもんね。どんなに安全に考りょしたとしても、一店舗も事故が起きないとは限らないですから」



 友高は言葉を返した。



「イツデモイマデモさんのような個人が経営する店は、融通がきくからいいね」



「俺も早食いには自信があるから、澄村店長と対決してみたい。イツデモイマデモのお弁当はおいしいから、それがいっぱい食べられるなんて、一石二鳥だよね」



 客たちは口々に言う。今回の企画もまた好評と言えた。東温と対決したいと言う客もいたが、それが実現することはないだろう。沖豊の言うように、それは「やらせ」にもなるなのだ。大食い・早食い対決は第二回を持って終了せざるを得ないかもしれない。

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