第9話 風変りな新商品
止水の考えたきつねフェアは反響を呼び、店は以前の活気を取り戻しつつあった。客の入りをもっと増やすためには、これからもどんどんと新しい企画を生み出す必要があるだろう。
日曜日。止水は正午を過ぎる前に家を出た。今日の昼は店で食べるつもりだ。
「止水、新商品ができたから、食べてみないかい?」
店の中に入ってすぐ、友高に言われた。
「食べる!」
止水がうなずくと、友高は新発売の品を止水に差し出す。
「げっ! お父さん、これはなに?」
止水はそれを見てぎょっとする。その食べ物は食べる気がしない色をしていた。
「ああ、これはね――」
友高はそれがどういう食べ物なのかを止水に説明する。止水はそれを持って、二階にかけ上がった。あたためて食べた方がおいしい食べ物なので、電子レンジであたためる。
「本当においしいのかなあ、これ……」
止水は湯気が立つそれを、おそるおそる口にした。
「んっ! おいしい!」
しかし、それは一瞬にして止水の舌をうならせる。たまらない味わいに、いつもより箸がすすんだ。
ちょうど、時空ずい道から東温と沖豊がやって来る。近頃はイートインに客がいることが多くなったため、止水や友高以外の人間がいないか、ふたりはそれを目で確認してから店の中に入るようになっていた。今、二階には止水しかいない。よって、東温と沖豊は堂々と時空ずい道を抜けた。他に人間がいる場合は、護符で自分たちの姿を見えなくする。
「わっ!! 止水、お主はなぜ髪の毛を食べているのだ!?」
東温は止水の食事している姿を見て、腰を抜かした。
「えっ?」
止水はそこで食べるのをやめる。きっと、この食べ物はあやかしの世界にないだろう。でも、あやかしから見ると、髪の毛に見えてもしかたないと思った。
「ああ、これはイカスミスパゲッティよ」
止水は教える。スパゲッティには真っ黒いイカスミのソースがかかっていた。それによって、黒一色のめんという、ものめずらしい感じとなっている。
「イカスミとは、イカのスミのことか?」
「そう。真っ黒できょうれつな見た目だけれど、味はおいしいの。なんて言う私も、今初めて食べたんだけれどね。ふたりも食べてみて」
止水は一階に下がって、友高に東温たちが来たことを伝えた。友高はイカスミスパゲッティをふたりにもあげる。
ふたりはおそるおそる黒いスパゲッティを食べた。止水がおいしいと言っていても、信じられないようだ。
「これは絶品だ!」
東温はひと口食べただけで、その味に感動した。
「本物、おいしいですね。人間界はあやかしの世界よりおいしい食べ物が多くて、うらやましい限りです」
沖豊もにこにことした顔で食べる。
「しかし、見た目は食欲をそそらないのに、これはなぜこんなにもおいしいのだろうか?」
東温にそう聞かれても、止水は答えられない。三人は友高に聞いてみることにした。
「イカスミがおいしいのには、化学的な理由があるんだ。アミノ酸といううまみ成分が入っているみたい」
止水たちはその話に「へえ」と感心する。
「三人とも、イカスミで歯が黒くなっているね」
友高が言った。
「えっ!」
友高の言葉で、止水は口もとを手でおおう。それを知らずにずっとしゃべっていたと思うと、恥ずかしくなる。
「江戸時代の頃には、お歯黒という歯を黒く染める風習があったんだっけ」
友高が思い出したように言う。
「お歯黒?」
東温はぽかんとする。
「どうやら、あやかしの世界にはない風習みたいだね」
その後、止水は洗面所で口をゆすいだ。一度ゆすいだだけでは歯についたイカスミが取れなかったので、何度もゆすぐ。
「ふう、やっと取れた」
今ほど、こんなことなら歯ブラシをつねに持ち歩いておくべきだった、と思った時もない。
「イカスミスパゲッティはおいしいんだけれど、人によっては歯が黒くなるから、これは買う人を選ぶ商品なんだよね。食べた後で人前に出なきゃいけない人は、買うのを避けるだろうから」
友高が悩ましそうにする。
「歯に色がつくのを気にするのなら、後で歯をきれいにすればいいだけの話ではないか。それだけのために食べないだなんて、損だぞ」
あやかしの東温がもっともなことを口にした。
「食べた後に歯をみがく、とかね」
止水もつけ加えるように言う。
「そうだねえ。歯の汚れを落とすのがめんどうくさいと思ってしまうほど、いそがしく、便利さに慣れた時代となったみたい」
友高が自分なりの考えを言葉にする。
「お父さん、イカスミスパゲッティを食べても歯が黒くならない方法ってないのかな?」
止水は聞いた。
「ごめん、さっき言うのを忘れていた。食べる前にオレンジジュースを飲むと、歯が黒くなるのを防いでくれるみたいだよ」
「それでは、商品のイカスミスパゲッティの近くに、オレンジジュースをすすめるなどの注意喚起した紙を置いておこう」
東温がアドバイスする。
「そうね、そうしておいた方が、お客さんも商品を買い求めやすくなるかも。それでオレンジジュースの売り上げも上がったら、うちの店としてもうれしいわね」
止水もその助言に賛成した。
「イカスミスパゲッティ、他のスパゲッティとくらべると気軽に食べられる食べ物ではないけれど、長く愛される商品となればいいな」
友高はそう言いながら、棚に並べてあるイカスミスパゲッティを見つめる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます