第8話 ひとつのわかったこと



 その次の週の月曜日から、イツデモイマデモはきつねフェアという名前の取り組みをはじめた。店のレギュラー商品であったきつねうどんやいなり寿司を、いつもより安い値段で売る。



「なぜ、きつねフェアで売るのがこれらの食べ物なのだ」



 白狐の東温は商品を見てふしぎに思っていた。



「油揚げはきつねの好物とされているみたい」



「余は別にどちらも好物ではないぞ。余の好物はとろろ飯と草餅だ」



 そうは言っても、人間にとってとろろ飯と草餅はきつねのイメージがないので、このフェアで売るわけにはいかない。



 きつねフェアにちなんで、きつねまんじゅうという商品も新しく作った。小麦粉からなる生地はきつねの型をした鉄板で焼いて、中にはあんこがたっぷりと入っている。きつねの形をした今川焼き、といってもいい。



 きつねフェアで売る商品のパッケージにはどれも東温の写真がのっている。それは人間の姿ではなく、白狐の時の姿だ。止水は多くの人間が白狐の美しさにひかれるはずだと考えた。けれども、あやかしの写真を営業写真館に依頼するわけにはいかず、東温の写真は友高が撮ることに。



「だれもまさかこのきつねが実在するとは思わないでしょうね。でも、コンピューターを使って本物そっくりに描けたとしても、本当の白狐の美しさにはかなわない」



 そう言って、止水はいなり寿司をつまむ。



「余をそんな風に思ってくれているとはうれしいぞ、止水」



「白狐の姿の時だけね。歴史的建造物や名画を見てうつくしいと思うのと同じで、そこに特別な意味はないわよ」



「……」



 止水のそっけない答えに、東温はしゅんとなる。



「今回色々とやってみて、ひとつだけわかったことがある」



「それはなんだ?」



「私はアイドルに向いていないってこと。人前に立つより裏方の仕事の方が好きだわ」



 自由を好み、ひとりでいるのが止水としては、多くの人に注目されるというのは窮屈だった。それより、きつねフェアのような店の売り方を考える方が好きだ。



「そうだな。止水は余だけのアイドルなのだから」



「おえっー。それはないわよ」



 止水は苦い顔をして、舌を出す。



「止水さま、きつねフェアだけではなく、たぬきフェアもやってください」



 沖豊が願い求める。彼はすっかりアイドル活動にハマったようだ。

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