第7話 意外な能力の使い道



 次の日。今日も東温と沖豊は店にやって来ていた。



「今日、わたくしがひとりであやかしの町を歩いていたら、泣いている赤ん坊がいてまして、母親がなにをしても泣きやまない様子だったんです。それで、わたくしがたぬきの姿であやしたら、見事に泣きやんでくれました」



 沖豊はそのことをうれしそうな顔で止水に話す。



「それはいいことをしたね、近江屋さん」



「……はっ! 余としたことが、すっかりと忘れていた。その手があったことを」



 突然、東温がイスから立ち上がる。



「じいやもアイドルになれ」



 そして、沖豊を指さして言った。年老いた沖豊がアイドル歌手の衣装を着て歌ったりおどっているところを想像して、沖豊に失礼ながらも、止水は笑いそうになる。



「えっ、わたくしが、ですか? わたくしのような年寄りがアイドルになったところで、見向きもされませんよ」



 東温の言うことはなんでも聞く沖豊も、その命令にはうろたえていた。



「じいやはなんにでも化けられるじゃないか」



 止水はまだタヌキの姿しか見たことがないが、化けだぬきにはそういう能力があると聞いている。



「そうね。東温みたいな子どもだと、ファンになるのはだいたい同世代の少女だわ。それだけでなく、大人の女性ファンも必要よ。だから、二十代だったり三十代だったり、いろんな年代の男性に化ければ、需要があるかも」



 止水もそれはいい案だと思った。沖豊ひとりいれば、適任者を何人も集める必要はないからだ。



「そういうことでしたら、やってみます」



 これまで、あやかしの能力は東温ばかりが目立っていた。沖豊はようやく自分が役に立てる番が来たと、意気込んだ。



 さっそく止水は友高からスマートフォンを借りて、現在人気の男性芸能人について調べた。



「流行りの顔は、こういう人たちみたい」



 それを沖豊に見せる。



「世の女性が好む顔はだいたいわかりました。この人たちの顔が合わさった顔を頭に浮かべてみます」



 沖豊は「うーん」と考えた後、二十歳くらいの美男子に化ける。目や鼻の大きさやバランスなど、すべてが黄金比率でできていることだろう。おまけに背が高くて、すらっとしている。止水と友高は思わず「おおっ!」とさけんだ。



「ど、どうですかね?」



 声もいつもの沖豊の声ではなく、美男子に合った声だ。



「近江屋さん、かっこいい」



 男性に興味がない止水も、これにはさすがにどきどきとした。



「うん、同じ男から見ても、ほれぼれとするよ」



 あまりの美しさに、友高のふくよかなほほも赤く染まっている。



 止水たちは店のふんいきやメニューを知ってもらおうと、店先で揚げ物を売ることにした(止水と東温は働けないので、となりで見ているだけ)。



「いらっしゃいませー! 揚げたてのフライドチキンはいかがでしょうか?」



 沖豊は元気よく呼び込む。店の制服を着ているので、だれの目に見てもここの従業員だ。



「あらっ、お兄さん、男前ね!」



 フライドチキンやフライドポテトなど、食欲をそそるにおいがただよっていることもあって、店の入り口の前は足を止める人が増える。中でも沖豊おすすめのフライドチキンはどんどんと売れていく。



「近江屋さん、次は三十代くらいの男性に化けてみて」



 止水に言われ、沖豊は三十代の魅力的な男性に化ける。その姿である程度接客すると、四十代の男性や五十代の男性にも化けた。



「イツデモイマデモに、こんなイケているおじさんがいたなんて」



 五十代の男性としての姿は、ひとりの若い女性の心に刺さったようだ。彼女は高校生のようだが、自分の父親以上に年の離れた男性を好むらしい。人の好みも千差万別。沖豊にアイドルをさせるという東温のアイデアからはじまり、色んな男性に化けさせるという止水のもくろみは、見事にうまくいった。



「私や東温がやらずに、最初から近江屋さんひとりにまかせておけばよかったほどだね」



 止水は沖豊の能力のすごさを実感する。



「まあ、物事は最初からなにもかもうまくいくなんて、ないからね。商売に紆余曲折はつきものだよ」



 友高が止水に言った。彼の言うように、止水や東温がアイドルになったからこそ生まれたアイデアとも言える。



「後、この店に足りないのは成人女性か。魅力的な大人の女性もいてほしいなあ」



 止水はひとりごとを言う。



「それもじいやに化けてもらえばよい」



 東温が横から言った。



「近江屋さんは女性に化けられるの?」



「なんにでも化けられるとは、そういう意味だ」



 東温の指示により、沖豊は女性に化ける。見た目の年齢は二十歳くらい。身長は百七十センチメートルほどで、黒くて長い髪の毛は胸の下まで伸びている。ひと言であらわすと、長身でほっそりとした美女だ。



「ものすごい美人だ。おじいさんが化けているとは、とても思えないね」



 これには友高もびっくりとした。



 沖豊がその姿で揚げ物を売ると、店の前にはたちまち男性客が集まる。だれもがみな、沖豊が化けた女性の美しさにうっとりと見入っていた。



「なんだか、じいやばかりいそがしくなっているな。余の出る幕がなくて、さみしい限りだ。余だって、止水にいいところを見せたいのに」



 揚げ物が飛ぶように売れてうれしい反面、東温は肩を落としている。



「まあ、あなたは他のところで活躍してよ。あなたの能力はあやかしの中でも最強なんでしょう?」



「人間の前では白狐の姿になれないというのが、余としてはきびしい」



「待てよ。白狐――キツネ――動物――」



 そこで止水はあることを思いついた。今度は東温に活躍してもらおうと。

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