第6話 止水、アイドルになる
友高は東温の思いつきを参考に、止水を店の顔とすることにした。
二日経った土曜日。止水は友高に連れられて、家の近所にある営業写真館へとやって来た。目的は店のポスターを作るためだ。
止水は店の新商品を持って写真を撮影する。フォトグラファーはカメラのシャッターを切るたびに、止水に表情やポーズを変えるよう指示した。慣れないことに止水はとまどいを感じるが、言われたとおりにがんばる。
家の近所や学校など、止水はいたるところで美少女であると評判だった。大きくてぱっちりとした目に、すっと通った鼻筋。だけど、止水は自分の写真を撮られるのも、その写真を見るのも苦手だった。鏡で見る時と写真とで、自分の顔が違うような気がしているからだ。止水は鏡で見る自分の顔の方が好きでいた。
完成したポスターは店のドアや壁など、目立つところに貼る。写真を撮ることを専門としている人に撮ってもらうと、実物より美しく写っている気もした。実際、よりきれいに写るように、小学生の止水の顔に少し化粧をほどこしたり、照明の光をあてて撮っていた。他にも、写真画像はわずかながら修整もしているという。
止水のポスターは多くの人の目に触れる。しかし、ポスターを見て感じ取ってほしいのは、あくまで新商品が発売されたことだ。
「店長さん、この店のドアにポスターを貼っているなんて、めずらしいね」
レジにて、買い物客の老婆が友高に質問した。この老婆はチェーン店より価格が安いのがいいという理由で、この店をひいきしてくれている。
「今までにやったことのないことをやってみようと思いまして」
「ポスターに写っている少女はだれだい?」
「うちの娘の止水です」
「あら、娘さんがいたのね。娘さんは子役なの?」
「いえ」
「娘さんを芸能界入りさせたらどう? 売れっ子になるかもしれないわよ」
「あいにく、娘はそういった世界に興味がないようで。芸能人になりたいと言ったのなら、親としても娘の夢を応援していましたが」
自分の娘をよく言われ、友高も悪い気はしない。
この日だけでも、友高はポスターについて何人かの客に聞かれた。ただ、新商品の売れ行きはいつもどおりだ。
それから二日経った月曜日。ポスターのおかげで新商品が飛ぶように売れている感じはいまだない。
「まあ、ポスターを貼るだけで店が繁盛するのなら、だれも苦労しないわよね」
止水は二階でため息をつく。
「そう案ずるでない。ポスターの少女が二階にいると広まってからが、宣伝のはじまりだ」
東温は前向きだ。彼にはここまでの流れが予想できていたのかもしれない。
数分後。初めて見る客がイートインスペースにやって来た。ふたり組の女子高生だ。この近くにある高校の制服を着ている。
「もしかして、店のポスターの子?」
「はい」
止水は自分の名前と、この店のオーナーの娘であることを教えた。
「止水ちゃん、かわいいね」
女子高生たちは止水に興味津々だ。トレジャーマーケットのクッキーの箱にのっている女性アイドルグループのファンらしく、きれいだったりかわいい女性を好むらしい。
止水と女子高生たちが話しているところで、客がもうひとり二階へと上がってきた。ふだん、イートインスペースを利用するのは中高生や社会人が多い。止水と同じくらいの少年がやって来るというのはめずらしかった。
「俺、となりのクラスの
止水はその少年に聞かれる。
「ごめん、わからない。私、人の顔と名前をおぼえるのは得意じゃないの」
「袖崎花本商店街に二階建てのコンビニがあるって知って、買いに来たんだ。ここは一組の澄村さんのお父さんがやっているお店だって」
「そうなの」
「学校か家の近所のコンビニしか利用したことがなかったから、こんないいコンビニがあるなんて知らなかったよ」
「うん、ありがとう。よかったら、他のクラスメートにも宣伝してね。オーナーの娘の私が言うのもなんだけれど、ここは間食しながら宿題をやるにはいい場所だと思うんだ」
止水は小学生で自分だけ利用するのはもったいないと感じていた。かといって、学校で父の店に買いに来てとアピールするのも気が引ける。同級生に気をつかわせるだけだと。
「貴様はなんだ。止水に気安く話しかけるでない」
東温がふたりのあいだに割って入る。止水が同い年の少年と親しげに会話しているということで、明らかにやきもちをやいていた。
「き、きみはだれ?」
作哉は東温のいきおいにしり込みする。
「余は閑田家次期当主の――」
「あー!」
止水は大声を出して、東温がそれ以上しゃべるのを阻止した。彼があやかしの世界について口をすべらせることだけは避けたいからだ。
「こちら、閑田東温くん。私の遠い親せきなの」
止水はうそを言ってごまかす。
「親せきとはなんだ、余と止水は――」
「いいから、私の話に合わせてよ!」
止水は小さな声で東温にきつく注意した。怒りのあまり、鬼のように怖い表情だ。
「ぼく、着物を着て、どうしたの?」
女子高生たちが東温に話しかける。止水は見慣れているのですっかりと忘れていたが、現代の日本に東温の服装はマッチしていない。止水はその質問にどきりとした。
「東温くん、今、とある施設で時代劇のボランティアをやっているんです。着替えないままここへ寄ったので、着物を着ているというわけです」
われながらそれらしいことを言うのが上手い、と思う止水。一日でも早く、東温のサイズにぴったりの子ども服を用意する必要があると感じた。
「あら、ぼく、よく見るとかわいい顔をしているね」
ふたり組の女子高生は東温の外見に注目する。どうやら、女性アイドルグループだけでなく、男性アイドルグループのコンサートにもよく行くそう。
「な、なんだ」
東温はおろおろとする。
「ぼく、アイドルを目指したら?」
「そうよ。東温、あなたもアイドルになりなさい」
女子高生たちの意見に賛成するように、止水はきっぱりと言う。
「余が!?」
東温は大きくてくりっとした目を丸くして、自分自身を指さした。
止水はそれ以上の会話は女子高生たちや作哉に聞かれないよう、東温を部屋の隅まで連れて、ひそひそと話す。ふたりの話は沖豊も聞いていた。
「あなたの見た目は人間界の女子うけするわ。あなたがこの店のアイドルになれば、きっと、あなた目当てのお客さんの獲得につながる」
本人に面と向かってほめたくはないけれど、東温の見た目がいいのは事実だ。
「あなたは人間界にいない時間の方が多いから、犯罪に巻き込まれる心配もない。人間界にいたとしても、あなたにはあやかしの能力があるしね」
「東温坊ちゃま、ここは止水さまのためにひとはだ脱ぎましょう」
沖豊もそうするよううながす。
「うう……」
東温はいやそうだ。しかし、止水のためを思ってか、しぶしぶ首をたてにふる。
その日から、東温と沖豊は護符を使って、イツデモイマデモには美少年がいる、といううわさを広めた。それはたちまち女子小学生のあいだで話題となる。
店には止水と年齢の近い少女が買いに来るようになった。東温は基本的に店の二階にいる。そして、客は店の商品をなにかひとつでも買わなければ、二階を利用できない。少女たちは食べ物や飲み物を買ってから、だれひとりのこらず二階へと上がる。
少女たちの目当ては飲み食いより東温だ。二階のイートインスペースで、少女たちが東温のまわりに集まる。東温は男児用の服に着替えているので、なぜ着物なのだと、不審に思われる心配もない。
「東温くんはどこの学校に通っているの?」
ひとりの少女がたずねる。
「学校? 余は――」
「あー!」
止水は東温がまた余計なことを言いそうだと思って、あわてた。
「東温はこの近くの学校に通ってはいないの」
なにも知らない人間からすると、東温はただの小学生にしか見えないだろう。キツネに姿を変えたりできるあやかしと知られるわけにはいかない。
「なーんだ。東温くんも私たちと同じ学校だったらよかったのになあ」
「せめて、同じ地区の学校とかね」
少女たちは残念がる。
「あなた、ここでは人間の男の子のふりをしておきなさい。それから、人間の前でキツネの姿になったり、あやかしの力を使ったらだめよ」
他にだれも見ていないところで、止水は東温に指図した。
その日以降も、夕方に限り、イートインスペースは客でにぎわう。止水と東温の存在を知らしめる前より、客入りは確実に増えていた。しかし、十歳の少年少女を店の顔としたところで、止水や東温と同じ年の人間しか興味をしめさないのだ。小学生となるとおこづかいの範囲でしか物を買わないので、買い物も少額となる。
客足が途絶えた頃、止水たちは二階で緊急会議を開く。といっても、会議とは名ばかりの話し合いだ。
「他になにか方法があるかなあ」
店ははば広い世代の人間に愛される必要がある。しかし、だれもいいアイデアを思いつかない。止水たちは完全に行き詰まった。
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