第5話 人気の店を参考に
止水たちは配達を終えてから、店に戻る。
「止水、今から偵察に行こう。なぜ、敵の店が繁盛しているのかを調べるのだ」
東温が言った。
「そうだね。他の店の参考になる部分はうちの店も取り入れていこう。でも、他の店を敵呼ばわりするのはびみょうだから、そこはライバルって言おうか」
物見には沖豊もついてくる。三人は近くのトレジャーマーケット袖崎花本店に入った。
まず、お菓子のコーナーを見る。
「こいつらはだれだ?」
東温はクッキーの箱を指さした。そこには商品名などの他に七人の若い女性が載っている。
「女性アイドルグループね。今、若者を中心に人気があるみたい」
期間限定で、コンビニと有名人のコラボレーション商品が販売されているようだ。トレジャーマーケットのような大きな会社だと、こういった商品が作られることが多い。コラボレーション相手は芸能人だけでなく、テレビ番組やキャラクターなど、多岐にわたる。
「あいどる?」
東温はきょとんとした。
「芸能人よ。アイドル歌手は、歌ったりおどったりする人のこと」
「止水様、あやかしの世界にも、芝居をする人たちはいます。また、店の商品を宣伝するポスターのようなものも存在します」
沖豊がふたりの会話に入る。止水は「へえ」と感心した。
「アイドルの意味はわかった。しかし、客は食べ物を買うだけなのに、わざわざアイドルの姿をのせた箱にする必要があるか?」
「おおいにあるわ。その芸能人のファン、好きだったり応援している人たちがこういう商品を買うのよ。そういう人たちの購買力はすごいんだから。コラボレーション商品やタイアップ商品をたくさん買えば、その芸能人を起用したら物が売れるんだって、次の仕事につながるからね」
「店とアイドル、双方に利点があるということか」
東温はあごに手をあてて、話の内容を理解する。
「そう。企業は芸能人と一緒に仕事をすれば、商品が売れやすくなる。芸能人は企業とコラボレーションするかわりに、企業からたくさんのお金をもらう。芸能人は売れっ子になれば、一般人よりずっとお金をかせぐのよ」
イツデモイマデモのような個人が経営する店だと、芸能人に仕事を依頼するのはまずできないことだ。芸能人およびその所属芸能事務所に高額なギャランティーを払えないからである。
「それはあやかしの世界でいう、看板娘に似ていますな」
沖豊はひとり納得していた。
「看板娘?」
止水はわからない言葉を沖豊にたずねる。
「店先にいる美しい女性のことです。その女性見たさに店に足を運ぶ客もいます」
「アイドルグループの彼女たちも、見た目がいいでしょう? アイドルはそういう人ばかりなの」
「そうか? この小娘たちが束になってかかっても、止水ひとりの美しさにはかなわぬと思うが」
東温は否定した。
「ちょっと、どこにファンがいるかわからないんだから、反感を買うようなことを言うのはやめて」
止水はきょろきょろとまわりを見る。さいわいにも、近くに客はいない。
「そうだ、その手があるではないか」
東温は小づちをたたくように、にぎりこぶしを反対の手のひらの上にぽんと置く。
「友高殿の店に客を呼ぶ方法を思いついたぞ」
他店の売り方について知ったことで、東温はなにかをひらめいたようだ。三人はクッキーを買ってから、店に戻る。
「止水がこの店のアイドルになるのだ」
友高もいる中で、東温は止水を指さす。
「わ、私が!?」
「友高殿はなぜ気づかぬ。止水の美しさを売りにすれば、止水を目当てにした客が増えるであろうに」
「私、歌ったりおどったりできないよ」
「そうする必要はない。止水はただ店にいればいいのだ」
「看板娘ということですな」
沖豊が言った。
「だけど、自分の娘を見せ物のようにするのはちょっと……悪い人に目をつけられたら、それこそ大変だ。止水を危険にさらすことになる。世の中、いい人ばかりではないからね」
友高は親心から後ろ向きである。
「止水のことは余が守る。なにがあっても」
東温は胸をはって言った。
「私、あなたに守ってもらわなくて結構よ。女が男に守ってもらうという考えは好きじゃないわ。だいたい、あなた、いつも人間界にいるわけじゃないのに、どうやって私を守るつもりなのよ」
美男子の東温にそう言われれば、たいていの少女は胸にきゅんとくるだろう。けれども、止水はそういう考えの持ち主ではなかった。
「じいや、あれを」
「はい、東温坊ちゃま」
沖豊はあるものを止水に差し出す。
「止水さまにはこの
「これはなに?」
「本来、あやかしの力が弱い者を守るために作られたものです。困った時はこのうでわに強く助けを求めてください。その助けは、東温坊ちゃまが持っているこちらのうでわに反応します」
東温も同じうでわを持っていた。
「余もつねに腕首守を手首につけておく」
「東温坊ちゃまがあやかしの世界にいても、止水さまの身になにかあれば、すぐにこちらまで駆けつけます」
それは双方が離れた場所にいても危険をしらせるアイテムのようだ。人間の世界でいうと、無線通信や電話に似ている。
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