第2話 東温のアイデア



 次の日。放課後、止水が店に寄ると、その十分後に東温と沖豊が時空ずい道からやって来た。友高はあらためてあやかしのふたりに自分の名前を告げる。ふたりは「友高殿」と呼ぶ。



「ふたりとも、長旅でつかれたんじゃありません? よかったらうちの店の商品を食べてみませんか? お代は結構ですから」



 友高が言った。店の売り上げはよくない状態が続いているというのに、よくもわるくもマイペースなのが友高だ。



「そうだな。小腹を満たすか」



 東温は止水に案内されながら、一階を見て回った。沖豊もふたりの後ろをついてきている。



「あやかしの世界では見ない食べ物ばかりだな」



 東温はすべてをものめずらしそうな目で見ていた。デザートのコーナーからプリンを手に取る。



「ん? なんだここは。氷もないのに冷たいぞ」



「電気で冷たくしているのよ」



「でんき?」



 止水は小学生の知識で説明した。沖豊も人間界について多少なりともわかっているようで、あやかしの東温によりわかりやすい言葉で言いかえる。



「黒い三角形のこれはなんだ?」



 東温は別の商品を手に取った。



「それはおむすびよ」



「おむすび――にぎりめしか。しかし、黒くて、食欲をそそらない見た目だな」



「これは海苔よ。あやかしの世界にはないの?」



「のり?」



「江戸時代の頃に海苔はあっただろうけれど。まあ、あやかしの世界は江戸時代とまったく同じわけではないんだろうね」



 近くで商品の整理をしている友高が言う。



「まあ、コンビニのおむすびはこの黒い海苔があって当たり前なの。いちど食べてみて。私のおすすめはこのツナマヨおむすびだよ」



「止水のおすすめとなれば、食べるべきだな」



 友高はツナマヨおむすびをサービスとして東温と沖豊にあげた。



 止水、東温、沖豊の三人は二階にあがる。友高はそのまま一階で仕事をすることに。



「これはどうやって食べるのだ?」



 東温はおむすびをまじまじと見る。沖豊も包装の取り方がわからないようで、色んな角度からおむすびを見ていた。



「おむすびの角にそれぞれ数字が書いてあるでしょう? その順番どおりにフィルムをはがすの」



「ふぃるむ――」



 東温はおそるおそるフィルムを触る。同い年だというのに、止水は自分より無知な東温がかわいく感じた。



「うむ! うまい!」



 おむすびをひと口食べた東温の目が輝く。



「米のふわふわとした軽い食感と、海苔のぱりぱりとした食感が合う。白米と海苔、実に相性がよい。まるで余と止水のようだ」



「いやいや、私とあなたの相性はよくないって。でも、おいしいでしょう?」



「つなまよというものの食感もおもしろい」



「東温坊ちゃまの言うとおり、これは実においしゅうございます」



 沖豊も笑顔でぱくぱくと食べた。



 止水は一階におりて、おむすびが東温たちに好評なことを友高に伝える。



「人間の食べ物ってあやかしの口にも合うんだ」



 友高は心に感じていた。外国人観光客が日本の食べ物を食べておいしいと感じるのと同じだ。逆もまたしかり。



 止水はふたたび二階にあがった。なにとなしに窓から地上を見る。



「あっ、あの男の人、うちの店によく来ていた人だ」



 止水が見ているのはサラリーマン風の男性。イツデモイマデモには目もくれず、トレジャーマーケットに入っていく。



「最近見ていないと思ったら、あの人もトレジャーマーケットの客になったのね」



「この店を繁盛させる方法を思いついたぞ」



 東温が言った。ちょうど、大学生くらいの年齢と見た目の男性がトレジャーマーケットに入ろうとする。



 けれども、男性は直前で方向を変えた。それから、迷わずこっちに向かって歩いてくる。そして、この店の中に入っていった。



「こうすれば、この店は繁盛するだろう」



 東温の目は青白い。あやかしの能力を使ったようだ。



「うーん、なんだかもやもやとするな。これだとズルをしているみたい。お客さんの意思で来てもらわないと、意味がないよ」



 止水は納得できずにいる。友高は一階にいるが、一部始終を見ていたとしたら、オーナーの彼も止水と同じことを思うだろう。



「そうだな。余の力を使えば止水の唇を奪うことは簡単だが、強引に奪ってもおもしろくないのと同じように」



「そんなのと一緒にしないでよ、気色悪い」



 止水は怒る。



「ならば、別の方法で客を増やそう」



「どうやって?」



「この店の商品をあやかしの世界で流行らせるとよい。そうすれば、かなりの利益になるぞ」



「そんなことができるの?」



「余とじいやが向こうの世界に商品を持って行って、市場で売る」



 ふだん、東温は沖豊を「じいや」と呼んでいるようだ。



「つまり、あやかしの世界で出張販売をするってこと?」



 止水は一階におり、それを友高に教えた。東温と沖豊もついてくる。



「それはいいアイデアだね! 僕もたくさんの人に店の商品を食べてほしいから。あやかしが人間界の食べ物を食べた感想も気になるなあ」



「明日、弁当やにぎりめしをできるだけたくさん用意しておいてくれ」



 東温は友高にそう指示すると、沖豊とともにあやかしの世界に帰っていった。

 

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