第16話

「お嬢様のお部屋がこちらになります」


イザベラが待つ居間で暫く談笑したエルシャールは、ウェンドリア家でこれから過ごす事になった。

どうやら、ソレイユがエルシャールを婚約者にするという話は形だけではなかったらしい。

前世で家族で暮らしていた家よりも広さのある部屋をメイドに案内されてエルシャールはその広さと、豪華さに圧倒されていた。


「彼女が貴方の世話をしてくれるナーサです、用事は彼女に言ってください」

エルシャールが部屋に案内される少し前、ソレイユがそう言って紹介してくれた女性は30代くらいのすこしふっくらとした女性だった。


「お坊ちゃまの大切な方ですもの、精一杯務めさせて頂きますわ」


そういってエルシャールに笑顔を見せるナーサ。

彼女の笑顔はエルシャールのすさんだ心を安心させてくれる優しさが溢れていた。


「よろしくお願いします、ナーサ」

「あらあら、私達使用人に頭を下げてはいけませんよ、お嬢様」

これからお世話になると聞いてお辞儀をしたエルシャールに、ナーサは驚いた表情を浮かべた後に、エルシャールを優しく咎めた。


(そっか、貴族令嬢は格下に対して頭をさげちゃいけないんだった……)


「素敵な方を選ばれましたね、お坊ちゃま」

「お坊ちゃまはやめて下さい、ナーサ」

「あらあら、私ったら申し訳ございません」


使用人に頭を下げるエルシャールをもの言いたげに見ていたソレイユにナーサが声を掛けるとソレイユは苦笑いを浮かべてナーサと軽口を言い合っている。

自分の行動が間違っていた事に反省をしていたエルシャールは彼女達の会話を聞き漏らしていた。


(間違った行動をするとソレイユに恥をかかせてしまう、ちゃんと貴族令嬢らしく振舞わないと…)


先程の行動を反省しながらエルシャールはラビリンス家に戻された自分がどんな目に合わされるのか想像して身震いした。


(私がソレイユにとって価値がある事。それを証明し続けないと)


「……ナーサ、彼女に必要そうな物を用意して貰えますか?5日後には父上が久しぶりにこちらにお越しになられる。その時に彼女を紹介しようと思っています。」

「ええ、わかりました。……お嬢様、私は一度席を外しますが何かありましたら駆けつけますのでそちらのベルを鳴らしてくださいませ」


そう言って一礼したナーサが居なくなると、エルシャールはソレイユと2人きりになった。

パタンと、無慈悲に閉まった扉に名残り惜しくエルシャールが目を向けていると、ソレイユは先程の振る舞いから一転して低い声でエルシャールに話しかけた。


「貴方に言っておくことがいくつかある」


エルシャールがソレイユの方を向くと、無遠慮にソファーに足を組んで座ってエルシャールを睨むソレイユがいた。

その姿は魔王そのもので、エルシャールは今すぐそこから逃げ出したくなった。

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