第12話
「……何も言わないのか」
馬車が舗装された道から、砂地の安定しない道を走り始めた頃。
ソレイユは独り言のように呟いた。
その言葉が自分に掛けられているのか、ソレイユの独り言なのか判断がつかなかったエルシャールは目線をソレイユに映したものの口を開こうとはしなかった。
「ハッ……喋る口も置いてきたか?」
「……」
無表情でソレイユを見つめるだけのエルシャール。
そんな彼女を鼻で笑ってから、ソレイユは嫌味を口にすると、エルシャールを馬鹿にするような目を彼女に向けた。
そこまで言われても、エルシャールはじっとソレイユだけを見つめるだけ。
彼女の頑なに話そうとしない様子からソレイユはぐっと、眉間に力を込めた。
「礼も言わなければ、最低限の会話もできない。あの馬鹿な女よりも貴方のほうがマシかと思ったが……当てが外れたか?」
吐き捨てるようにソレイユはエルシャールに暴言を吐き捨てると、興味がそれたとばかりに外に意識を映す。
全身から嫌悪感を発しているソレイユにエルシャールは震える唇を開いて答えた。
「私はラビリンス家から逃れたくて貴方についてきました。あの家から抜け出せた事に感謝しています。でも……」
「……なんだ?」
「……私はこの先、ソレイユ様の婚約者として何をさせられるのでしょうか?」
お礼を告げてからエルシャールはその先を言うか迷うそぶりを見せた。
そんな彼女の煮え切らない様子にソレイユは続きを促すとエルシャールは意を決したようにソレイユを見つめてそう尋ねた。
血よりも赤い色に射貫くような視線を向けられて、ソレイユはスッと目を細める。
「なるほど……馬鹿ではないらしいな」
「……え?」
そう言ってソレイユは戸惑うエルシャールから目をそらして窓の外を見つめ強引に会話を終わらせた。
その横顔はこれ以上話をするつもりはないと言外に語っていて、エルシャールは大人しく口を噤んだ。
ソレイユと同じように外に意識を向けると、窓ガラス越しにエルシャールは見慣れない自分と目が合った。
無表情で、貧相な自分にこの世界が何を求めているのか。
改めて考えを巡らせることにした。
あの地獄のような家から救い出してくれたのは、何か理由があるとは思っていたものの、ソレイユに二面性があるとは原作には書かれていなかった。
誰に対しても清廉で礼儀正しく、厳格なソレイユ。
セージュと接する時だけは僅かに笑みを浮かべるその不器用で一途な姿は、セージュが選んだジェニエル王子よりも人気が出ていた。
彼のグッズが販売されたり、ソレイユを主人公としたあらゆる番外編が描かれるくらいに。
作者も、セージュの相手をソレイユにした方がよかったかも知れないと言い出すほどに、ソレイユは人気キャラクターとなり、『私だけが知っている物語』はアニメ化されることが決まるほど人気になっていた。
――そんな完璧な男が作られた幻想だったなんて知ったら。
きっと読者は卒倒してしまうんだろうなと、エルシャールはこの状況から現実逃避するように嘲笑した笑い声を零した。
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