第33話 メリークリスマス!
エリオット宅に戻ると、大きなダイニングテーブルにはクリスマスの用意が半分ほど済まされていた。ゲネシス王国に合わせたような料理もあれば、エルランディア皇国特有のレシピもある。少し懐かしさを感じてサミュエルは頬を緩ませた。
そんな風ににやつくサミュエルに水を差すように、
「おい、ちょっと! 一年たっても家の中で走る癖、治ってないのかよ」
合計六人兄弟というのは多いものなのだと、ゲネシス王国にやってきてやっと知った。普通くらいだと思っていたが、全く多い方だった。
「サミュエル、ぶつかったの? こら、ナタン走らない! デボラも追いかけません!」
母親がキッチンから顔を出して十一歳の三男を叱る。そしてその相手をしている末っ子の三女も。ナタンの双子の姉であるハンナは、じっとおとなしく二人の追いかけっこを眺めている。きっと生まれてくるときに、活発さと落ち着きの配分を間違えたのだろう。
と、考えるうちに、サミュエルはここで生活していた時を思い出し始めていた。
デボラがナタンを追いかけているのは、どうやら何かを奪い取ったらしい。ナタンは軽い身のこなしでツリーをさっと避けるようにデボラから伸びた手から逃れた。代わりにデボラはそのトウヒの木の前で足を躓かせる。
「あっ」
サミュエルが焦って手を伸ばしかける。しかし間に合わないと半ば諦めていると、代わりにベスがデボラの脇を抱えて持ち上げていた。
「お母さんに注意されてるのに走っちゃだめよ。もちろん貴方も」
ベスは気をうかがって逃げるナタンの襟ぐりをひょいと掴む。そして二人まとめて、吹雪を少しかぶっている帰ってきた頃の父親に差しだした。
「なんだまた走ってたのか」
父親はコートを脱ぎながら言う。
「だってナタンがわたしのクリスマスカード勝手に読むから!」
「デボラが追いかけてくるから!」
父親は二人の言い分に気にも留めず、ベスから二人の襟ぐりを渡してもらっていた。
「サミュエルの同僚には武闘派もいるんだなぁ」
「まあ。武闘派って言っていいのかはわからないけど」
エル語で返すとベスが首を傾げる。あとで何の話をしていたのか聞かれたらごまかしておこう。
そうこうしているうちに、準備を手伝っていたオリビアが借りたミトンを手にはめて大きな鍋を持ってくる。不覚にもサミュエルは口角が緩んでしまって、下唇を噛んだ。
嘘じゃなければいいのに、と少し高慢な考えが湧いてきた。
「ラーティッコって言うんですわよね」
「あ、ああ。うん。リハマカローニ・ラーティッコ、いわゆるグラタンみたいな料理だよ」
母親に教えてもらったのか、オリビアがテーブルの中央に鍋をセットしながら尋ねてくるので、サミュエルはしどろもどろになりながらも答える。
「こっちはなんて言うの? 七面鳥じゃないわよね」
「豚だね。ヨウルキンックっていう、マスタードを塗った焼き豚」
ベスの疑問を解消しながら、サミュエルは席についた。アルカは気が早くも、すでに椅子に座って料理をまじまじと観察している。彼女の頭の中ではきっと、身体を温めるような効果のあるスパイスがどうだとか考えているのだろう。たまに鼻を動かしているのが決定的だ。
エリオット家八人と、連れてきた四人を合わせるとかなりの大人数になった。このテーブルがそれだけの人数が収まるほどだったことに驚きつつ、全員が席に着くのを待ちながらグロッギの入ったグラスを手にした。サミュエルはエルランディア皇国の伝統として、そばに座る同僚たちにもグラスを持って待つように言う。
「みんな揃ったかな」
母親が椅子に腰を下ろしたタイミングで父親は音頭をとった。
「じゃあ、グラスを掲げて」
料理が楽しみで仕方ないと、数名が視界の端でそわそわと動く。父親もそれが見えていたようで、少しだけ苦笑して再び口を開いた。
「メリークリスマス!」
サミュエルが目を覚ますと、そこにはなんだか懐かしい木造の天井が見えていた。匂いの少し違う布団に顔をうずめながら、妙な姿勢になって背中を伸ばす。
外がやけに明るく感じられて、サミュエルはしぱしぱと瞬きをした。そしていつも通り目覚まし時計に手を伸ばすが、そこには何もない。諦めて体を起こして寝ぼけ眼で首を動かした。そこでやっとここが実家だということを思い出す。
「あー……」
言いようもない恥ずかしさが襲ってきて、サミュエルは枕に顔面を押し付ける。がすぐにきっと寝癖がついているだろう髪を撫でつけて起き上がった。
昨晩は久々にしっかりしたクリスマスを楽しんだ。そして深夜、アルカ、エドワード、ベスの三人は予約していた村の入り口にあるホテルに帰っていった。
オリビアはというと。両親の勧めで空き部屋に泊まることになったのだ。当初の予定ではサミュエルの部屋に二人で寝る羽目になりそうだったが、サミュエルが恥ずかしいからと恥を忍んでオリビアを庇った。自分の欲のために株を下げられるほど、サミュエルは馬鹿ではない。
そうしてクリスマスの朝を迎えたというわけだ。
時刻は朝の九時。少し寝坊気味だが、休みなので自分には甘く行く。
サミュエルは階段を降り、あくびをしながら洗面所に向かった。寝癖もある程度整えて、しっかり顔を洗って歯を磨くことも忘れない。いつもよりのろのろとした動きですべてを終えると、目につく場所に置いてあったブランケットを一枚引っ張って、マントのように羽織った。
やっとたどり着いたリビングに、親の姿はなかった。どこか買い物に行っているのか、弟たちが外で遊んでいるのを見守っているのか知らないが。代わりに、ソファに黒髪の後ろ姿がある。
サミュエルは羽織るブランケットを掴む手に、力を込めながら近づいた。
「お……おはよ」
オリビアは相も変わらず薄化粧で、ショールを羽織ったまま新聞を読んでいたようだった。サミュエルは少し反応を窺いながら、隣に腰かける。
「おはようございます。冬なのに、エルランディア皇国の朝は明るいですわね」
あまりににこやかに答えるので、サミュエルは気逸らしにローテーブルに転がる紐の切れたオーナメントに手を伸ばした。
「雪が日光を反射するからさ」
「きれいですわ。ちょっと寒いですけど」
肩をすくめて笑う。嘘から出た
そのとき、あまりにわざとらしく水を差すように窓の方から音が聞こえた。サミュエルとオリビアが驚いて窓の方を見ると、いたずらっ子の三男が雪を窓に投げつけていたようだった。
「あいつ……」
「やんちゃですわ」
サミュエルが叱ろうと玄関の扉を押し開ける。が、してやられた。
ぺしゃ、と
「……」
「あら、大丈夫ですの?」
「……大丈夫」
後ろからついてきたオリビアに負けっぱなしのところを見せるわけにはいかない。サミュエルは顔面を乱暴に拭うと、そこにあった雪で即席雪玉を作ると、遠くに逃げようとするナタンに向かって投げつけた。しかしぶつかるのを確認する前に側頭部に衝撃があった。冷たいというより、むしろ痛い。
「誰だよ、もう!」
狙撃手の方を向くと、にやにやと嫌な笑みを浮かべたベスがそばに大量の雪玉を作って構えている。
「ハイパー最強あたしちゃんに雪合戦という競技を教えたこと、後悔するのね」
「俺は教えてない!」
サミュエルはバタン、と玄関扉を閉めると息を整えた。
「さっきの雪玉、すごい音がしてましたわ。大丈夫ですの?」
「大丈夫。見てて、俺絶対勝つから」
サミュエルはできる限りの防寒武装をして、打倒ベスのため再び外に出た。
もちろん試合はすぐに終わった。ベスに雪の恐ろしさを教えてしまったのが最後だったわけだ。
サミュエルはマフラーに顔をうずめながら、雪の上に腰を下ろした。防寒はばっちりなので、臀部が冷たくなることはない。オリビアがアルカやエドワードと一緒に雪だるまを作っているのを、じっと黙って眺める。
雪が珍しいと──もちろんゲネシスにも降るが、たくさん積もるほどではない──やはり遊びたくなるのだろう。雪だるまは徐々に大作に、気づけばエドワードが見上げるほどの大きさになっている。アルカが拾ってきた木の枝を腕に見立てて突き刺し、木の実で目玉を模していた。
完成度が高い。大人三人寄れば、それなりに芸術性のある雪だるまが作れるということが証明された。エドワードは手袋を嵌めたまま手を叩いた。
「すごいじゃん」
弟たちや、その相手をしていた両親、ベスまでもがやってきてわらわらと雪だるまを囲う。
「おっきいねぇ」
「すげーじゃん」
などと口々に褒めるのに、アルカは薄い胸を張った。
「だろう。ポイントはこの手だ。余分な枝分かれを折ってみた。非人間的な二本指に、フォンデュフォークを参考にしてみたんだ」
「私の提案なんですが。キャラクターをかわいらしく愛らしく見せるために、現実とかけ離れたデザインを一部採用することがありますから」
エドワードはアルカの一人の功績にされまいと口を挟む。どちらにせよ、可愛らしい出来だった。
「雪が解けるまで置いておきましょうか」
解けたときに悲惨な見た目になるんじゃないか。
母親の提案はある種の残酷さを生むかもしれない。サミュエルは意見しようか迷ったが、傑作を前に大人しく口を閉じておくことにした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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次回:隣村は危険?
明日22:00~投稿予定
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